熊本城マラソン 金栗イズムを受け継ごう

2月18日 09:23

第22回熊日30キロロードレースで、スターターを務めた金栗四三=1978年

 「熊本城マラソン2019」が17日、開催され、県内外から集まった約1万4千人のランナーが、金栗記念熊日30キロロードレース、歴史めぐりフルマラソン、復興チャレンジファンランの3部門で、早春の熊本市街を駆け抜けた。

 熊日30キロ男子は、駒沢大の片西景選手が学生歴代2位の好記録で優勝。フルマラソンも、熊本大の古川大晃選手が2連覇を果たし、若い力の躍動を感じさせる結果となった。ともに4年生の2人は今後も競技を続けていくという。大学生活の集大成となった今回の栄冠をステップに、さらなる飛躍を期待したい。

沿道の声援が魅力

 8回目となったフルマラソンは、定員が昨年より千人増えて1万3千人に。応募者は海外からも含め2万5552人と過去2番目に多かった。70歳以上も168人がエントリーするなど幅広い年齢層が参加する全国屈指の市民マラソンとして、すっかり定着したとみていいだろう。

 今回も、運営ボランティアや応援に多くの一般市民が参加し、大会を支えた。切れ目ない沿道での声援と心温まるもてなしは、熊本城マラソンの大きな魅力として、参加ランナーたちに好印象を与えてきた。大会のシンボル熊本城も、今回は天守閣を囲っていた足場や仮屋根も外れ、復興の歩みを感じさせる姿でランナーたちを見守った。

 今年、熊本ではラグビー・ワールドカップ(W杯)、女子ハンドボール世界選手権という国際的なスポーツイベントが開かれる。熊本城マラソン同様に市民の力で盛り上げ、熊本地震の惨禍を乗り越えて再起していく熊本を、広く国内外にアピールしたい。

数々の挫折を糧に

 今やマラソンは、高い運動能力を持つ人だけが参加する特別な競技というイメージから脱し、一般の人々も健康のために楽しみながら走るスポーツへと裾野を広げた。これは、NHKの大河ドラマ「いだてん」の主人公であり、「日本マラソンの父」と呼ばれる和水町出身の金栗四三が目指してきた姿でもあろう。

 日本最初のオリンピック代表選手として知られる金栗だが、出場した3回の五輪では途中棄権などで、メダルにも入賞にも届かず、その競技歴は栄光に包まれていたとは言い難い。

 しかし、金栗の真価は、生涯を通じそうした数々の挫折を糧として、マラソンなど、健康増進のためのスポーツの普及と発展に力を注いだことにある。

 高地トレーニングやインターバル走など、自ら工夫した練習法を次々に考案。日本独自の駅伝の誕生にも関わった。女性の体力向上にも着目し、国内初の女子テニス大会なども開いた。その業績は全て現代につながっている。

「楽しくがんばる」

 生涯走り続けた金栗が、それを支える信条として掲げたのが「体力、気力、努力」だった。そのうちの「努力」について、金栗は自身の人生を重ねて晩年、こう語っていたという。

 「長い間、泣いたり笑ったり。苦労もし努力もしたが、思えばみんな楽しかった。目標に向かって、『楽しくがんばる』というのはいいことだね」。金栗の伝記『走れ25万キロ』の著者、長谷川孝道さんは、これこそが金栗イズムの真骨頂なのだと記している。

 ともすれば、根性論に傾きがちな日本スポーツ界において、最も過酷な競技であるはずのマラソンが今日、これだけ一般市民に広く親しまれるようになったのは、この「楽しくがんばる」の金栗イズムが源流にあるからだろう。復興にもつながるその明るく前向きな精神を、金栗ゆかりの熊本城マラソンが受け継ぎ、さらに大会を発展させていく指針としたい。