憲法記念日 権利の価値 再確認したい

5月3日 10:52

 新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言で私権の一部が制限されるという異例の状況の中、日本国憲法は3日、1947年の施行から73年を迎えた。

 緊急事態宣言は、6日の期限が1カ月程度延長される見通しとなり、外出や営業などを自粛する不自由な生活はもうしばらく続く。非常時の今こそ、普段は当たり前のように行使している権利の価値を再確認したい。

 ■コロナを実験台に

 「緊急事態に個人の権限をどう制限するか。憲法改正の大きな実験台と考えた方がいい」。新型コロナの感染者が国内で初めて確認された1月、自民党の伊吹文明元衆院議長は党会合でこのように述べた。

 念頭にあるのは、自民党が2年前にまとめた改憲案4項目の一つ「緊急事態条項の新設」だ。大規模な災害が発生した際に、内閣が国会の承認を得ずに法律と同等の政令を定めることを可能にする。一方で、人権の保障や権力分立が一時的にせよ停止するという危険性をはらむ。

 新型コロナの宣言とは全く別のもので、同列に論じることはできない。国民の生命が関わる危機に乗じる形での改憲議論は、慎むべきだろう。

 ただ、図らずも国民は「実験台」にされたのではないか。新型コロナに関するこれまでの動きをたどると、そう思えてくる。

 安倍晋三首相は特措法成立前の2月下旬、全国の小中高校と特別支援学校に臨時休校を要請した。法的根拠のない要請だったが、ほとんどの学校が感染拡大を防ぐために従った。結果として、子どもたちはその後も憲法が保障する教育を受ける権利を侵され続けている。

 特措法は3月中旬に成立した。安倍首相が緊急事態宣言を出すのを待たずに、東京都をはじめ多くの都道府県知事が法に基づかない外出自粛を要請した。首相が4月7日に緊急事態宣言を出すと、その後は休業要請の動きも広がり、移動や集会、営業の自由などが制約される状況が続いている。

 ■強権求める危うさ

 憲法は「公共の福祉」のために一定の権利を制約することを認めている。ただ、感染症対策としての私権制限が、公共の福祉の観点からどこまで認められるのかは明確ではない。特措法改正の際に議論を尽くしておく必要があった。

 特措法については、当初は私権の制限につながることを警戒し、慎重な適用を求める声が根強かった。ところが、感染が拡大するにつれて緊急事態宣言を求める声が大きくなり、今では「遅すぎた」との見方が大勢を占める。非常時には、より強い権力の発動を求めてしまう、という危うさが露呈してはいないか。

 他人を監視するような社会の「同調圧力」によって、権利の行使が妨げられる事案も出ている。感染拡大を恐れるあまり、県外ナンバーの車やバイクを撮影してSNSに投稿する動きが問題になった。休業要請に応じないパチンコ店への批判が高まり、私権制限をさらに強める罰則規定を追加する法改正も検討される方向だ。

 パチンコ店の対応の是非は別にして、取り締まり強化を安易に認めれば、享受してきた権利を放棄することにもなりかねない。憲法12条は「自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と定める。すべてを権力に委ね思考停止に陥ることは避けなければならない。

 ■改正議論は丁寧に

 安倍首相は宣言発令を報告した衆院議院運営委員会で、緊急事態条項について「憲法にどのように位置付けるかは、極めて重く大切な課題だ。国会の憲法審査会の場で与野党の枠を超えた活発な議論を期待したい」と述べた。進まない改憲議論への波及を後押しする狙いがあるとみられる。

 しかし、共同通信社が憲法記念日を前に実施した世論調査では、憲法改正を巡り、国会での議論を「急ぐ必要がある」との回答は35%にとどまり、「急ぐ必要はない」が63%を占めた。自民支持層でも「急ぐ必要はない」が過半数に達しており、丁寧な議論を求める世論は根強い。

 自民党は、二つの課題を挙げて野党に議論を促している。国会議員に多数の感染者が出た場合と、議員の任期満了まで事態が終息せず、国政選挙が実施できない事態への対応だ。確かに憲法の規定に関わる課題だが、参院の緊急集会で一定の対応は可能とされる。

 何より今は、新型コロナ対策に専念する時である。そして終息後に、憲法審査会がまず検証すべきなのは、宣言により私権を制限したことの妥当性だろう。