水俣病慰霊式 救済の完了はほど遠い

10月20日 09:21

水俣病犠牲者慰霊式で献花する参列者たち=19日午後、水俣市の水俣湾埋め立て地(後藤仁孝)

 水俣湾埋め立て地での水俣病犠牲者慰霊式に初めて参列した小泉進次郎環境相は19日、「今なお苦しみの中にある方々に対し、誠に申し訳ないという気持ちでいっぱいです」と述べた。式典に参列した人たち、あるいはその場にいなかった多くの患者や被害者らに、その言葉は響いただろうか。

 患者遺族代表として祈りの言葉を述べた上野エイ子さん(91)は、1958年9月に夫を激しい症状の水俣病で亡くし、その6日後に娘の良子さんを出産した。脳性小児まひと診断された良子さんは2歳半で亡くなり、死後の解剖で胎児性水俣病だったと分かった。式典で「死んでしまった良子 この世でお前は何も見えなかった」と呼び掛けた上野さんは、父やきょうだい多数も水俣病で失っている。

心配な娘の行く末

 同じく患者多発地帯の湯堂の坂本フジエさんは今月13日、94歳で死去した。69年、原因企業チッソを相手取って初めて提起した水俣病1次訴訟の原告となり、胎児性患者の次女しのぶさんとともに裁判を闘った。72年には15歳のしのぶさんを同行してスウェーデン・ストックホルムでの国連人間環境会議にも参加した。90歳を超えて最後まで心配していたのは介護の必要なしのぶさんの行く末。水俣病公式確認の年に生まれたしのぶさんも今年63歳となった。

 9月末現在の水俣病認定患者は熊本県1790人、鹿児島県493人の合わせて2283人。このうち1951人が亡くなり、生存者の平均年齢は79歳を超えた。患者は高齢化と加齢にともなう身体機能の悪化を抱え、親なき後の胎児性患者の人たちのケアもますます必要とされている。水俣病の発生拡大に対する国・県の責任、原因企業チッソの補償責任は重い。

いまだ「紛争状態」

 認定患者のみならず、95年の政府解決策と2009年施行の水俣病特別措置法(特措法)では、不知火海周辺の約4万人が救済対象と認められた。だが、その線引きからはじかれた多数の未認定被害者が救済を求め、移り住んだ県外を含めて全国の裁判所で争っている。

 行政に新たに認定申請する人も途切れず、熊本県の未処分者は539人、鹿児島県は1128人。認定基準そのものに対する異議申し立ても依然続いており、こちらの裁判も進行中だ。水俣病問題は患者認定と未認定被害者救済をめぐっていまだ「紛争状態」にあると言え、補償や救済の完了にはほど遠い。

 特措法は「速やか」に不知火海周辺住民の健康調査をするよう定めているが、国は法施行から10年がたっても実施していない。議員立法でメチル水銀による汚染の広がりと健康被害の全容を探る調査が意図されていたはずだが、環境省は認定患者を対象にした治療研究などに問題を矮小[わいしょう]化している。

 患者数人の検査治療などを実績とし10年間にわたって「調査の手法を開発中」と言い張る姿勢は、幅広い住民調査を回避するための時間稼ぎにも映る。

許されない株売却

 広範な住民健康調査の知見は世界の水銀被害の防止に役立つはずだ。しかし、今のところ小泉環境相がリーダーシップを発揮する姿勢は見られず、蒲島郁夫知事も「国に手法開発の加速化を要望する」と繰り返すばかりだ。国や県の姿勢は「不作為」と言われても仕方あるまい。

 特措法はチッソの分社化と事業会社の株売却の道筋も認めたが、それには「救済の終了」と「市況の好転」が条件とされている。救済の終了はもちろん、チッソの業績もとても順調とは言えず、株売却が許されないのは明らかだ。国と県、チッソは今後も救済と補償にしっかり向き合う必要がある。