新聞週間 報道の役割と責任を胸に

10月18日 08:24

 「新聞週間」が始まった。

 今年の代表標語は「新聞を開いて僕は世界を知った」。徳島市の中学2年、小林大樹さんの作品だ。読者が平和な生活を送り、広く世界を知るのに必要な情報や視点を提供する新聞の役割を改めて自覚する機会にしたい。

 今年は「知る権利」や「報道の役割」について考えさせられる大きな出来事があった。

 7月に36人が死亡した京都アニメーション放火殺人事件である。事件では、京都府警が犠牲者の実名を公表するまでに長い時間がかかった。遺族の意向を確認しながら判断したためだ。

 一方で実名報道に対し、強い批判も上がった。熊日をはじめ、多くの報道機関は実名報道を原則としている。現実を的確に伝え、社会の教訓として記録するために必要との判断からだ。匿名の「誰か」ではなく、人格を持った一人の人間として被害者の尊厳を大切にする意味も込めてのことだ。

 ただ、過去にはメディアの一斉取材や報道で、被害者や家族らが精神的苦痛を受ける事例が何度も指摘されてきた。3年半前の熊本地震でも報道各社の取材が集中したことに批判があった。そうした指摘や批判を真摯[しんし]に受け止め、被害者とどう向き合うべきか。自問し続けなければならない。

 京都アニメ事件の報道では、地元メディアは遺族への集団的過熱取材(メディアスクラム)を避けるため、取材手順を決めるなどの基準づくりに取り組んだ。中でも京都新聞は、報道批判に戸惑いながら、遺族に寄り添おうと取材する現場の記者たちの葛藤を特集記事にして紹介した。

 もちろん、それで問題が解決したわけではないが、被害者や遺族のプライバシーに最大限配慮し、被害者に寄り添う姿勢を忘れないよう、不断の努力を続けたい。

 一方、近年、インターネット上での2次被害への懸念も強まっている。実名が公表されることにより、会員制交流サイト(SNS)で心ない書き込みをされるリスクが高まり、それが被害者の報道不信にもつながっている。無責任で不確かな情報をネット上に発信する行為が、「知る権利」を損なう結果にもなっている。だからこそ権力の監視を含め確かな情報を伝える新聞の役割が一層重要になっているとも言えよう。

 私たちは今、「新聞離れ」という厳しい現実にも直面している。若者にとって情報を得る最も身近なツールはスマートフォンだ。画面に流れるニュースの多くは元をたどれば新聞記事だが、どれだけ理解されているか。若い世代に直接、分かりやすく情報を届けるにはなお一層の努力と工夫が必要だろう。しっかり肝に銘じたい。

 新聞通信調査会の2018年度の調査によると、新聞の信頼度は70点(100点満点)で、ネットの49点を大きく上回った。その信頼を保ち続けることが新聞の使命である。社会的責任の大きさを改めて深く胸に刻み、読者の期待に応えていきたい。