川辺川ダム中止10年 県が主導し代替策合意を

9月19日 08:08

 民主党政権だった2009年9月17日、当時の前原誠司国土交通相は巨大公共事業の見直しを掲げ、川辺川ダム建設計画の中止を表明した。

 それから10年。計画は止まったが、特定多目的ダム法に基づく廃止手続きは取られておらず、一部からは計画の復活を警戒する声も出ている。国、県は法的に終止符を打つ道筋を示した上で、ダムによらない治水代替策の本格的策定などに取り組むべきだ。

 川辺川ダム建設計画が発表されたのは、1966年。日本三大急流に数えられる球磨川流域で水害が相次いだことを受け、国が支流の川辺川にダムを設ける計画を立てた。

 建設賛成派と環境破壊などを懸念する反対派の対立が続く中、前原氏が表明する1年前には、初当選から半年後の蒲島郁夫知事が「計画を白紙撤回し、ダムによらない治水対策を追求すべきだ」とダム建設反対を打ち出していた。

 ダム建設中止が決まって以降、国と県、球磨川流域12市町村が、ダムによらない治水対策を検討。今年6月、国と県が、六つの治水対策を組み合わせるなどした10案を提示した。

 10案のうち、遊水地と引堤や河道掘削などを組み合わせた案は、事業費が1兆2千億円と最も多く県の一般会計の予算規模を超える。最も事業費が少ない堤防かさ上げを中心とした案でも2800億円だ。巨額の事業費が見込まれる上に、工期も30~50年以上と長い。また地域間でも利害に差がある。合意に向けた議論では、10案の詳細な検証が必要だろう。

 もともと、川辺川ダム中止に至るまでには、「地域のことは地域で考える」という県が主導しての住民参加の論議が下地にあった。「『球磨川を守ることこそ宝』というローカルな価値観がある」とした08年の蒲島知事の反対表明もそれが念頭にあったはずだ。

 ならば、止まった公共事業のその後を支える法整備を国に求めた上で、県が主導して流域自治体、住民との合意を丁寧に、そして積極的に進めてもらいたい。上からの事業押しつけで混乱を招くようなことを繰り返してはなるまい。

 一方で、中心地が水没予定地だった五木村は、ダム計画に長く翻弄[ほんろう]された後遺症に苦しんでいる。1960年代に6千人超が暮らした同村は、国がダム計画を表明して以降、水没予定地を中心に離村する人々が相次いだ。人口は8月末時点で県内で最も少ない1075人まで減少。65歳以上の割合を示す高齢化率も17年10月時点で49%に上る。

 同村はダムありきで進めていた地域振興を切り替え、水没予定地を利活用した観光施設整備を進めている。これにより17年の観光客は08年に比べ約37%増えるなど光明も見え始めている。今後も、観光農園整備などの構想がある。水没予定地は国有地のため、国、県との協議が必要だ。これについても、県がしっかりとサポートし進めてもらいたい。