広島原爆の日 被爆の実相を直視しよう

8月6日 08:34

 <おかっぱの頭[づ]から流るる血しぶきに 妹抱[いだ]きて母は阿修羅[あしゅら]に>

 当時5歳だった東京都在住の被爆者、村山季美枝さん(79)が体験したまぶたに残る光景だ。広島はきょう、長崎は9日に、被爆から74年の「原爆の日」を迎える。村山さんの短歌は「被爆直後の思いを受け止めてもらいたい」と、広島市の松井一実市長がきょうの平和記念式典で読み上げる「平和宣言」に盛り込まれた。

 被爆者の短歌を平和宣言で紹介するのは初の試みだ。令和初の「原爆の日」は被爆の実相をあらためて直視し、恒久平和への思いを世界に訴える1日としたい。

 平和宣言では2017年に国連で採択された核兵器禁止条約についても言及している。条約は発効に必要な50カ国・地域の批准に達しておらず、米国の「核の傘」の下にある日本も参加していない。

 こうした状況を受けて、宣言には、日本政府に対し、条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めるよう求める文言も盛り込むという。多くの被爆団体が松井市長に要望書を提出しており、こうした被爆者の行動の重みが、宣言の起草に反映された。

 その背景には、核兵器を巡る国際情勢が、ますます混迷を深めていることへの危機感がある。

 米軍は6月、使える核兵器といわれる「小型核」開発にまで踏み込んだ核使用の新指針をまとめた。今月2日には、米国とロシアの中距離核戦力(INF)廃棄条約が失効。制約がなくなり、中国も含めた核大国の開発競争が激化する恐れがある。北朝鮮の非核化はいまだ具体化の見通しさえつかず、核合意から一方的に離脱した米国との対立が強まるイランも、合意履行を停止しウラン濃縮を進めている。

 「核なき世界」に逆行するような動きが相次ぐ中、日本が世界で唯一経験した戦争被爆の歴史を伝えていくことの重みは、さらに増している。

 だが、その歴史を直接知る被爆者の高齢化は一段と進んでいる。被爆者健康手帳を持つ全国の被爆者は今年3月末現在で14万5844人。昨年より9015人減り、平均年齢は82・65歳となった。「被爆者がいなくなる時代」は確実に近づいている。

 4月に本館がリニューアルオープンした広島市の原爆資料館では、被爆者の人生に焦点を当て、遺品や写真などの実物展示を増やした。ボロボロになった子どもたちのシャツや後遺症に苦しむ青年の日記などの展示品からは、一瞬のうちに街を壊滅し、多くの市民の生命を奪った核兵器の非人道性が強く伝わってくる。

 こうした被爆の実相を私たち一人一人が直視するとともに、国際社会へと広く訴えたい。核兵器禁止条約の前文が「被爆者の受け入れ難い苦しみに留意する」と記したように、広島、長崎の経験を二度と繰り返さないという強い願いこそが、「核なき世界」を理想で終わらせない原動力となる。