3月14日付

3月14日 09:16

 ロンドンで、女性が子牛ほどもある犬を連れて横断歩道を渡っていた。犬は機嫌が悪かったのか、「お座り」の姿勢のまま引きずられている。多くの車が止まったが、みんな英国人特有の我慢強い落ち着いた顔つきで、警笛を鳴らすものもいなかったという▼映画監督で名エッセイストでもあった故伊丹十三さんの『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫)から引いた。伊丹さんがその場面を目撃したのは、俳優として渡欧した1961年。それから60年近くが過ぎ、英国人も激しく「警笛」を鳴らすようになったのか▼欧州連合(EU)からの離脱を巡り、英下院は1月に歴史的大差で否決した離脱合意案をまたも否決した。29日の離脱日まで2週間余り。日本人的感覚からすれば「間を取って手打ち」に持ち込みたいところだったろうが▼最大の障害が英領北アイルランドの国境問題だ。陸続きのEU加盟国アイルランドとの間で、厳格な国境管理を避けつつ税関検査を行う妙案がなく、解決するまで英国をEU関税同盟に残すとする合意案への反発が収まらない▼たとえ離脱を延期しても、「合意なき離脱」の可能性は残る。そうなれば食料品や医薬品などの供給が滞る恐れがあり、経済や社会は大きなダメージを被る▼離脱を巡る混乱はいつ果てるとも知れない。だが、見方を変えれば、それは英国という国家の行く末を真剣に考えている証しとも映る。翻ってわが方はどうか。気づかぬうちに、どこかで「警笛」が鳴っているのでは。ふと、そう思う。