9月5日付

9月5日 09:14

 イワナは石を食べる。間に潜んでいる川虫を石ごとのみ込むという。釣りジャーナリストの佐藤垢石[こうせき]は戦前、「胃袋から小石が出たら近日中に台風がくる」と山の釣り人から聞いた。体を重くするためというが、結果論だろうとエッセーに書いている▼今はイワナの胃袋より正確に台風の進路が予測できる。東から西に進んだこの前の台風12号のときなど、テレビの気象予報士が「信じ難いことですが…」と前置きするほどスーパーコンピューターの威力は抜群だ▼日本では明治から気象観測が始まったが、台風の数量把握は1934年の室戸台風が先駆け。室戸岬で911・6ヘクトパスカルだった。今回の台風21号も気圧が低く、進路がよく似ている。伊勢湾台風もほぼ同じコースで、近畿を直撃する台風は凶悪だ▼物理学者の寺田寅彦は室戸台風の翌月、長野県を旅行して各地の被害を眺めた。畑中にある民家が存外無事で、新道沿いにできた当世風の二階屋が大損害を受けていた。古い村落ほど長い間の自然淘汰[とうた]によって一定の安全が保たれていたのだ▼開発地の問題は、昭和の初めごろから始まっていたようだ。寅彦が『颱風雑俎[たいふうざっそ]』というエッセーで、「地を相[そう]する」術が見失われてしまったと嘆いた。寅彦の描いた科学エッセーは少しも古びないで生き生きしている▼地球温暖化の台風への影響はよく分からないらしい。数は減るが力が増す、という予測実験もある。速度を増した台風21号は各地でまだ破壊作業を続けている。石でものんで待つしかない。