7月11日付

7月11日 09:05

 俳優座公演初日の幕が閉じた後、主人公を演じた当時40代の加藤剛さんは、目まいがしてステッキで身を支えた。ドクターストップが出たにもかかわらず、その後も激痛に耐えて舞台に立つ▼連続公演の半ばで、ついに演技中に倒れた。薄れていく意識の中、打ちきりをわびるアナウンスの後、思いがけず客席から拍手が湧くのを聞いた。「許してもらった」と感じた加藤さんは、随筆にこう書いている。<人に許された人間は、けっして自分を許してはいけないのだ>。以後、そうした覚悟を持って舞台に臨んだと記す▼父親が小学校の厳格な校長だったというから、そのきまじめさにも合点がいく。人気テレビドラマ『大岡越前』の名奉行役も、己を律する人柄がそのまま役柄ににじみ出ていた▼悪役を演じても悪者には見えない。役者としては弱みになりそうだが、かえってそこが魅力となる俳優だった▼例えば映画『砂の器』の殺人犯役では、りんとしたたたずまいで、差別に苦悩した揚げ句、犯行に及んだ悲哀を際立たせた。NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』では、周囲の策動により反逆に追い込まれる純情な青年武将を演じて、乱暴な謀反者という従前の平将門像を一変させた▼そういえば、この大河ドラマは当初、加藤清正が主人公の物語であったのに、撮影前に企画が覆ったという。加藤さんが演じていたならば、どれだけ「武者んよか」清正公さんが見られたものか。80歳での訃報に接し、それが実現しなかったことが残念でならない。