6月14日付

6月14日 09:17

 死刑判決を受けた本人が、判決文を書いた裁判官と50年の時を経て再会した。ありそうもない対面が実現したのは今年1月。1966年に静岡県で一家4人が殺害された強盗殺人事件で死刑確定後、静岡地裁の再審決定で釈放された袴田巌さんと、福岡市内の病院に入院していた元裁判官熊本典道さんだ▼熊本さんは一審で、捜査段階の自白への疑問などから袴田さんは無罪との心証を持ちながら、先輩裁判官2人を説得できず死刑判決を書くよう命じられた。「謝りたい」との思いを持ち続けていたという▼病気の後遺症で言語障害がある熊本さんと、拘禁症状の影響が残る袴田さんとの間で言葉が交わされることはなかったというが、2人の胸に去来したものは何だったろうか▼東京高裁は先日、地裁の決定を取り消し袴田さんの再審を認めなかった。本人が81年に申し立てた第1次再審請求を最高裁が退けたのは2008年。第2次請求は同年に申し立てられ、14年の地裁決定から既に4年。審理は最高裁に移るが、再審公判が開かれることになってもどれだけ時間がかかるのか。袴田さんは82歳だ▼札幌高裁判事などを歴任した渡部保夫さんは「裁判所には自白調書を重視するタイプと状況証拠を重視するタイプと二通りの考え方がある」(『刑事裁判を見る眼』岩波現代文庫)と述べる。無罪率が高いのは後者だが、人数的には前者が断然多いと▼熊本さんのような裁判官に多く出会っていたら、袴田さんも違う人生を送っていたのかもしれない。