3月16日付

3月16日 09:02

 2年という月日がたびたび出てくる小説に、井伏鱒二の「山椒魚」[さんしょううお]がある。谷川の岩屋で過ごしていたサンショウウオは、2年の間に体が大きくなり外に出られなくなる▼閉塞[へいそく]感が招く絶望と悲嘆、そして孤独。やがてサンショウウオの心は「よくない性質を帯びて」きて、岩屋に迷い込んだカエルを閉じ込める。両者は反目したまま、さらに2年の月日が流れる▼作者は、絶望から悟りへの過程を描きたかったともいわれる。体や心に微妙な影がちりのように降り積もる。閉塞的な空間に置かれた者には、2年という月日はとても長い時間だろう。熊本地震も、やがて2年を迎える▼住み慣れた土地を離れて仮設住宅で暮らす被災者は、なお3万9千人余り。仮住まいを続けざるを得ない人の多さに心が痛む。仮設が閉ざされた空間になっていないことを祈るばかりだ。その仮設も、原則2年の入居期限が近づいてくる▼「ついのすみかだから、そんなに簡単に決められない。一刻も早く仮設から出たいのはやまやまなんだが」。被災地を回ると、苦渋の決断を迫られている人たちの言葉をたびたび耳にする。みなし仮設に住む男性は、せきを切ったように自宅再建の道のりの険しさを訴えた。仮設入居の延長が認められたとはいうものの、その期間はわずか1年しかない▼「今年は、2年ぶりに花見をしようかな」。ある被災者は言った。そんな前向きな言葉に触れると月日が過ぎることがうれしくもなる。今年もまた、被災地に桜の季節が巡ってくる。