8月23日付

8月23日 08:58

 「野球は平和のシンボルである」。10年前の夏、作家の野坂昭如さんは日記にそう書いた。「焼け跡闇市派」の作家は食べ物に不自由した時代を振り返り、甲子園のはつらつとした球児に「こちらも元気をもらう」と続ける▼作家ではなくとも「夏の甲子園」の全力プレーを見ていると、さまざまな記憶がよみがえる。例えば、星稜の活躍には40年前の延長十八回の「伝説の試合」を、奥川投手の奪三振ショーには江川卓さんの姿を思い浮かべる人がいるだろう▼その剛腕投手を履正社の強力打線が打ち崩し、初優勝を飾った。高校野球は目に見えない「試合の流れ」が展開を左右すると言われる。互いに引き寄せたい「流れ」は、一進一退の攻防の末、履正社に大きく傾いたようだ▼戦うのは選手だけではない。「野球は人と人の心理戦」と言うスポーツライター澤宮優さんは、三塁ベースコーチに着目する。打球の速さ、外野手の肩の強さ、走者の足の速さ、風向き、試合展開…。情報を集め、ホーム突入への一瞬の判断が求められるからだ▼変化を見極め、自らの責任で大事な判断を下す-。それは、野球を超えて「これからの時代に求められる能力」と澤宮さん。最後の夏は終わっても、その経験は、これからの人生をより深く生きることにつながるだろう▼この日も三塁コーチの手がグルグル回った。その姿や、スタンドからの大声援のことも覚えておきたい。選手だけでなく陰で支えた高校生の姿にも「元気をもらった」甲子園の夏が終わった。