8月16日付

8月16日 08:52

 現在の気象庁の組織と天気予報の骨格を形成したのは1934(昭和9)年の室戸台風と、37年に始まった日中戦争だったそうだ。札幌管区気象台長などを務めた古川武彦さんの『気象庁物語』(中公新書)にある▼軍事面で気象情報が重要なのは当然だろうが、死者・行方不明者3千人以上の室戸台風はどう影響したのか。当時の測候所は多くが県営で効率的な運用ができず、維持や運営さえ困難なところもあった。気象庁の前身の中央気象台は情報提供の根本的見直しを迫られたという▼時代は下って台風の進路予想は格段に進歩した。スーパーコンピューターの活用で精度が向上。気象庁は今シーズンから予報円の半径を従来より縮小して発表している▼きのう西日本を縦断した台風10号も当初は小笠原近海に停滞してやきもきさせたが、その後はほぼ予想通りのコースを進んだ。お盆休みのUターンラッシュを直撃したものの、早めに対策を取った人も多かったのではないか▼室戸台風に戻れば、物理学者の寺田寅彦も34年に発表した随想で言及している。その前年、日本は満州国を巡る対立から国際連盟を脱退。国際社会の緊張は高まっていた。「非常時」という不気味な言葉がはやっており、国民が抱く不安を天災があおり立てているようだと寅彦は記す▼震災や豪雨が相次ぐ現代にも通じるかもしれない。そんな時代だからこそ、正確な情報を伝え、受け取る側も冷静に判断することがますます重要になる。再び「非常時」としないためにも。