川辺川にダム推進…蒲島知事の方針転換、背景と課題は

熊本日日新聞 | 2020年12月02日 17:52

 熊本県の蒲島郁夫知事が2008年に「白紙撤回」した、球磨川の支流・川辺川へのダム建設計画が再び動き出す公算が大きくなった。ダム推進に方針転換した決断の背景と、今後の課題を追った。(野方信助、内田裕之、太路秀紀、臼杵大介、嶋田昇平、並松昭光)

※2020年11月に熊日朝刊に掲載した連載「熊本豪雨 川と共に」第5部「転換 知事表明の余波」全4回の記事をまとめ、写真・グラフィックを追加しました。文中敬称略

川辺川ダム計画で水没する予定となる五木村頭地地区。川辺川に架かる橋は、手前が頭地大橋、奥が小八重橋。左は頭地代替地。中央奥が相良村方面=10月16日(高見伸、小型無人機で撮影)

復興へ急いだ結論 蒲島知事「民意動いている」と自信

 「現在の民意は命と環境の両立と受け止めた。これこそが流域住民に共通する心からの願いではないか」

 11月19日、県議会本会議場で開かれた全員協議会。知事の蒲島はそう述べると、川辺川に流水型ダムの建設を国に求める考えを表明した。4期目がスタートして以降、最大の政治決断。蒲島は引き締まった面持ちで真っすぐ正面を見据え、その表情に迷いは見られなかった。

熊本県議会全員協議会で、川辺川に流水型ダムの建設を求める考えを表明した蒲島郁夫知事=2020年11月19日、県議会本会議場(後藤仁孝)

 7月豪雨発生から4カ月余り。ダム議論再燃の口火を切ったのは蒲島本人だった。

 「私が知事の間は(川辺川ダム)計画の復活はない」。豪雨災害の被害が明らかになり始めた7月5日、報道陣に球磨川の治水対策を問われ、蒲島はきっぱりと言い切った。

 しかし、自民党県連はこの発言に気色ばむ。「被害の全容も分かっておらず、まだ人命救助の段階だ。ダムの是非に触れるには早すぎる」。幹部の1人であるベテラン県議はすぐに県幹部の電話を鳴らし、くぎを刺した。

 その影響もあってか、翌6日、蒲島は報道陣とのやりとりで、軌道修正に動いた。「どういう治水対策をやるべきか、新しいダムのあり方についても考える」。ダムが治水論議のそ上に再び乗った瞬間だった。

 その後、ダム建設容認の流れは加速した。流域12市町村でつくる川辺川ダム建設促進協議会は8月にダムを含めた治水策の実施を求める決議文を採択。自民も9月県議会などでダムの必要性をたびたび強調し、「決断次第では不信任案もあり得る」との強硬論も一部で聞かれた。

 「今回は流域市町村がダムを望んでいる。自民党も(違う判断を)2度は許さないだろう」。蒲島が周囲に漏らすこともあったという。県幹部の1人も「あれだけの被害を受け、何もやらないのは行政の不作為を問われかねない」と心中を察した。

球磨川が氾濫し、大量の土砂が流れ込んだ人吉市街地。泥にまみれたピアノもあった=7月4日、同市九日町(高見伸)

 10月、国土交通省が、川辺川ダムが存在した場合、人吉市で浸水面積が約6割減少との推定値を公表。蒲島は「ダムなし治水の実現性は遠い」と述べ、事実上ダムを含めた治水の検討に入った。

 ただ、蒲島は民意の把握にもこだわった。10月中旬から住民らへの意見聴取会を計30回開催。10月末に共同通信が報じたダムの是非を問う調査結果も背中を押した。結果は反対がやや上回ったが、賛成者の6割超が豪雨後に賛成に転じていた。「私の肌感覚と同じ。反対一色だった2008年とは違う。民意は動いている」と自信を深めた。

 この間、ダムに反対する市民団体などからは「ダムありきではないか」との批判が噴出。意見聴取会も過密な日程で組まれたため、“急ぎ足”の議論を疑問視する声も上がった。それでも蒲島は「治水の方向性が決まらないと、復旧復興プランを立てられない」と結論を急いだ。

県議会全員協議会で川辺川に流水型ダムの建設を求める考えを表明した後、記者会見に臨む蒲島郁夫知事=11月19日、県庁(後藤仁孝)

 蒲島が目指す新たな治水は環境保全を強く意識した「緑の流域治水」だが、「国がどこまでやってくれるかはこれからの話。今日はあくまで出発点だ」と県幹部。計画から半世紀を超えても、住民の賛否が割れる川辺川ダム計画。県幹部の言葉はさらに続く道のりの険しさを物語っている。

流水型ダム、実現へ課題山積 能力は?環境アセスは?

 知事の蒲島が、川辺川に流水型ダムの建設を国に求める考えを表明した翌日の11月20日、東京・霞が関。国土交通相の赤羽一嘉は同省大臣応接室で、蒲島に笑顔で向き合った。

 「命と環境を守るという観点から、流水型ダム建設を含めた『緑の流域治水』をお願いしたい」(蒲島)
 
 「全面的に受け止めたい。スピード感を持って検討に入らせていただく」(赤羽)

 会談は終始、和やかな雰囲気で進んだ。12年前、現行の川辺川ダム計画を「白紙撤回」した17日後に蒲島が国交相金子一義(当時)と対峙[たいじ]した時とは正反対の光景だった。

赤羽一嘉国土交通相(右)と面会し、川辺川に新たな治水専用の流水型ダム建設を要請する蒲島郁夫知事=11月20日、国交省

 河川や道路などインフラ整備で、自治体の要望に国交省トップが即答で「OKサイン」を出すのは異例だ。環境影響評価(アセスメント)のほか、ダム整備の方向性を流域市町村や住民と確認する体制づくりなどの要請も、ほぼ“満額回答”。会談終了後、蒲島は「(国と)同じ方向性を共有できた」と充足感を漂わせた。

 県幹部は、7月豪雨を機に「白紙撤回」から方針転換した蒲島の思いに触れ、「知事は重い決断をした。国には県が求める環境対策は全てのんでもらう。それが(ダム容認の)条件だ」と明かす。

 赤羽の発言を受けて同省は今後、球磨川水系で川辺川への流水型ダム建設を柱にさまざまな対策を総動員した「流域治水」の検討を加速させる。ただ、蒲島が「命と環境の両立」を託した流水型ダムには、課題も山積する。

 流水型は環境負荷が少ないとされ、近年導入が増えたが、国交省によると完成済みは全国に5基のみ。「豪雨時の実績データがなく、環境への影響は不透明」(大熊孝・新潟大名誉教授)との指摘がある。

 洪水調節能力についても同省治水課は「貯留型ダムと比べて知見や事例が少ない」と認める。貯留型の川辺川ダム計画を流水型に置き換えると国内最大規模になる見通しで、県幹部の中には「既存の流水型では、清流を守れるか疑問。さらなる技術確立を」との声もある。

 さらに、赤羽が「全面的に(実施の)方向性で考えたい」と“約束”した環境アセスも不安がないわけではない。

 川辺川ダムでは、特定多目的ダム法に基づく基本計画の策定(1976年)や一部変更(98年)はアセス法施行(99年)より前で、法律上のアセスは実施されていない。国は過去に開いた事業説明会などで、猛禽[もうきん]類など生態系の保全対策や調査結果を公開し、「既に法のアセスと同等の調査を実施している」との立場を取ってきた。

川辺川ダムの建設予定地。奥は五木村方面=11月16日、相良村(池田祐介、小型無人機で撮影)

 法に基づくアセス手続きは「4~6年」(環境省)と見込まれており、10年程度とされる流水型ダムの完成時期にも影響する。蒲島が主張する「法に基づく環境アセス、あるいはそれと同等の環境アセス」が、どのような形で実施されるかは、不透明な状況だ。

 蒲島の今回の上京日程には、自民党本部に加え、国交相ポストを握る公明党本部への要請も組み込まれた。県幹部の1人はその狙いを解説する。「ダムと環境の両立は容易ではない。環境政策を重視する公明の力添えも得たい」

「ダムによらない治水」 議論12年、合意形成できず

 「ダムを建設しないことを選択すれば、流域住民に水害を受忍していただかざるを得ないことになる」。2008年8月25日、川辺川ダム建設への賛否表明を控えた知事蒲島郁夫に対し、当時の九州地方整備局長岡本博が強烈な一言を放った。

 この一言は省内からも「言葉が過ぎる」と批判を浴びたが、「ダム以外での治水安全度向上は不可能だ」とする、ダムに固執する国交省の揺るぎない姿勢も透けて見えた。

9月11日、蒲島が白紙撤回を表明。国交省、県、流域市町村は共に「ダムによらない治水」を追求する立場に立たされた。しかし、八ツ場ダム(群馬県)建設を巡る住民訴訟にも関わった東京弁護士会所属の弁護士、西島和[いずみ](51)は、この12年間の議論を「ダムによらない治水を検討するふりをする議論だった」と切って捨てる。

 「ダムによらない治水を検討する場」の初会合で、流域の市町村長の話を聞く九州地方整備局長と蒲島知事(中央)=2009年1月13日、県庁(横井誠)

 西島は、河道掘削など球磨川の河川改修関連予算の推移を見れば一目瞭然という。ダム計画が中止になった09年度以降、国の予算に県や市町村分を合わせても予算は年間15億~30億円程度で、08年時点の残事業費が約1300億円だったダムと比べて大きな開きがある。「ダムを造る事業費は認めるが、通常の河川改修には予算をつけないという姿勢がうかがえる」

 12年間の治水議論は、対策を巡って利害が対立した流域市町村の姿もあぶり出した。

 「ダムによらない治水を検討する場」(09年1月~15年2月)に続き、仕切り直して15年3月に国交省、県、流域12市町村で設けた「球磨川治水対策協議会」。ダム新設以外の治水策を検討する中、中流部の河道掘削に対しては当の球磨村から「瀬も全面的に掘削すると球磨川のイメージが悪くなる」と慎重な姿勢を示した。

 川幅を広げる引堤[ひきてい]や堤防のかさ上げには、対象の人吉市が「中心部の大規模な移転を伴い、交渉などに年数がかかる」。遊水地の整備は、錦町やあさぎり町が「優良農地が失われる」と危ぶんだ。

 市房ダムの改修に水上村が難色を示し、川辺川と球磨川下流を放水路でつなぐ案に八代市が懸念を表明。まさに“総論賛成、各論反対”の様相を呈した。

 結局、最大1兆2000億円の事業費、200年の工期という「実現不可能」な数字を国交省が示したこともあり、市町村の意見の一致を見ないまま、7月の豪雨を迎えた。

 結論を得られなかった原因について、12年前から議論に加わっていた元人吉市長の田中信孝(73)は「50年後、100年後でもダムを建設してみせるぞという国の意図もあるが、県が議論を主導しきれなかったからだ」と指摘する。

2019年11月にあった球磨川治水対策協議会。結局、この場で対策を決められないまま、2020年7月の豪雨を迎えた=熊本市

 蒲島が今年11月19日に表明した新たな治水方針「緑の流域治水」の議論は、15年に設けた治水対策協議会を衣替えし、九州農政局や熊本地方気象台も加えた「球磨川流域治水協議会」の場に移る。だが、流水型ダムの新設以外、河道掘削や遊水地など実現できなかった対策の“総動員”を目指す方針は説得力に乏しい。蒲島のリーダーシップが試される。

ダム以外の治水論議欠かせず 避難体制の議論後回し

「避難場所が浸水して使えなかった」「避難に使う道が水没した」-。熊本県が10月中旬から実施した球磨川流域住民らへの意見聴取会。住民らの訴えは、急激に水位が上昇する中での避難行動の難しさを浮かび上がらせた。

球磨川治水に関する住民の意見を聴く会では、川辺川ダムの賛否を巡り、さまざまな意見が相次いだ=10月15日、人吉市(後藤仁孝)

 知事の蒲島郁夫が球磨川治水対策の大方針として掲げた「緑の流域治水」。ダムや河床掘削、宅地かさ上げなどのハード整備と、避難体制の強化などソフト対策を含めた総合的な治水対策を意味するが、柱となるべきソフト対策の充実に向けた具体的検討はこれからだ。

 県が、国や流域市町村と取り組んだ豪雨の検証委員会では「ダムによらない治水」と川辺川ダムが存在した場合の治水効果に議論が集中し、ソフト対策の議論はほとんど交わされなかった。

 「避難勧告などが雨音の影響や電話回線、ネット回線の断線で十分に伝わらなかった」「住民が宅地かさ上げなどの河川整備で安全と判断し、避難が遅れた事例があった」。全134ページの報告書のうち、ソフト対策や初動対応の説明はわずか26ページにとどまる。

熊本豪雨で浸水した人吉市街地。奥が球磨川にかかる大橋=7月4日午前9時20分ごろ、人吉市寺町

 内容も被災6市町村が避難所を開設した時間や避難勧告・避難指示を出した時間などを時系列でまとめただけ。深夜に避難情報を発信した自治体も多く、情報提供のタイミングが適切だったかなど課題は山積したままだ。

 県は当面の対策として、ハザードマップ作成などで市町村を支援。県幹部は、本年度内に国と示す緊急治水対策プロジェクトで、情報発信の在り方など短期間に取り組むソフト対策のメニューをまとめると言い、「しっかり強化を進めていく」と話す。

 ただ、識者からは検証の不十分さを指摘する声が出ている。熊本大准教授の竹内裕希子(地域防災学)は「避難所開設が遅くなった経緯などを具体的に検討して課題をはっきりさせなければ改善は進まない」と指摘。「ダムはどこで雨が降るかで治水効果が変わる。複数の降雨パターンを想定したシナリオを作り、避難行動に生かすことも必要だ」と訴える。

 来年の梅雨に向け、当面のハード対策も喫緊の課題となる。特に流域住民の不満と懸念が根強いのが河川への土砂堆積問題だ。

 「昔より川底に土砂がたまっており、洪水の原因になったのでは」「掘削を要望しても全然進まない」。意見聴取会では人吉市や相良村など多くの地域で、河床掘削を望む声が相次いだ。

熊本豪雨では球磨川やその支流に多くの土砂が堆積した=8月30日、球磨村神瀬(小野宏明)

 「暴れ川」とも呼ばれ、洪水の危険性が指摘されている球磨川流域で、なぜ基本的な治水対策が進まなかったのか。県幹部はその理由を「予算に限りがあり、市町村の要望があった全ての場所には対応できなかった」と明かす。

 県は今回の7月豪雨で、県南地域を中心に県管理127河川に計107万立方メートルの土砂が堆積していると推計。20年度に確保した掘削予算28億円をさらに増額して来年の梅雨時期までの撤去完了を目指す方針だ。

 「ダム完成まで何もしないのではなく、できることをどんどん進める」と強調する蒲島。新たなダム計画が皮肉にも、これまで遅れてきたダム以外の治水対策を加速させる糸口となっている。

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