球磨川治水新方針 今やるべき対策に全力を

2020年11月20日 08:31

 蒲島郁夫知事が19日、球磨川の新たな治水方針を表明した。2008年に「白紙撤回」して中止させた川辺川ダムの建設計画を、形を変えて復活させるよう求めた。悩み抜いた末の方針転換だろう。その決断の是非は今後問われることになるが、ダムの存否にかかわらず大切なのは、今すぐ実施可能な対策に全力を傾け、流域住民の不安を和らげることではないか。

 7月豪雨の甚大な被害を踏まえ、知事は新たな治水の方向性として「緑の流域治水」を掲げた。河川整備だけでなく、遊水地の活用や森林整備、避難態勢の強化などに流域全体で取り組み、自然環境との共生を図りながら人命を守るという考えだ。

 治水手段の一つのダムについては、球磨川支流の川辺川に予定されていた貯留型多目的ダムの計画をいったん完全に廃止。代わって新たな流水型のダムを造るよう国に求める。

 ダム反対から容認に転じた理由として、流域住民の民意をよりどころに挙げ、現在の民意は「命と環境の両立を求めている」と判断したという。流水型ダムは「穴あきダム」とも呼ばれ、平常時には水が流れる。知事はこれによって「清流が守られる」と説明する。

依然多いダム反対

 12年前に蒲島知事がダム計画を白紙撤回した際、熊日と熊本放送の電話世論調査で流域住民の82・5%が知事の決断を支持した。不支持は13・9%だった。

 ところが7月豪雨を経た先月、共同通信が実施した流域7市町村の住民アンケート(300人面接)では、29%が川辺川ダムを必要と答えた。単純比較はできないものの、12年前よりダム賛成の意見が増えたとみてよいだろう。

 ただし、不要と答えた人の方が34%と多く、「どちらとも言えない」も37%に上った。賛否を巡って依然として意見が大きく割れている中で、知事はダム建設推進にかじを切った。

 川辺川ダムの建設は現在ストップしているが、事業計画そのものは生き残っている。これを廃止して流水型ダムを造るには、手順を踏んで新しい計画を策定しなければならないはずだ。先例の乏しい大規模な流水型ダムで、本当に清流を維持できるのか。かつて難航した漁業補償の問題も再燃しかねない。法に基づく環境影響評価(アセスメント)を実施するにも、それなりの時間が必要だ。それらの見通しについて、現時点では十分な説明がなされていない。事業費や工期も不透明で、仮に建設するにしても完成までに10年前後の年月がかかるはずだ。

 そう考えればむしろ、早急に実施できる治水対策の方が重要になる。何よりも来年、再来年といった目前の出水期に備えなければならないからだ。

進まないかさ上げ

 知事も「直ちに取り組む対策」として具体例を挙げたように、宅地や堤防のかさ上げ、河床の掘削、砂防や治山事業を急ぐべきだ。相良村などは前々から堤防かさ上げなどを求めてきたが、進んでいない。調整池の整備でも流域の合意形成に本腰を入れたい。

 ハード面だけでなくソフト対策も後回しにできない。豪雨を教訓に、災害弱者の把握、防災マップの更新、避難情報の出し方や避難手順の見直しなどを、各地域や施設で確実に進めるべきだ。被災の恐れのある住宅の移転促進や開発規制なども必要になるだろう。

 県や地元市町村は、治水を主眼とした国交省の守備範囲だけでなく、広く減災・防災の視点に立った地域づくりを目指してほしい。

知事や首長の責任

 ダムの白紙撤回後、蒲島知事・流域首長・国交省は、長期間ダムによらない治水策を協議しながらついに結論を出せなかった。結果的に、死者50人を出す惨事を迎えてしまった責任は極めて重い。

 知事は今回「治水の方向性が決まらなければ住まいや生業の再建ができない」として、豪雨から4カ月余りで一定の判断を示した。

 ただ、とりわけダム建設については賛否の反応を見極めざるを得ないだろう。ダムが治水の万能薬ではないことも明らかだ。知事が示唆するように、今回の治水方針が100年後の地域にとって最良の選択と言えるのか。地球規模の気候変動や大規模災害の頻発に十分対処していけるのかも見通せない。ダムを含む治水対策全般については、なお検討の余地もあるはずだ。

 ダム計画が再び動きだすとすれば、ダムサイト建設や水没が予定されていた相良村や五木村が最も直接的な影響を受けるはずだ。これまでダム計画にほんろうされてきた住民への配慮も、決して忘れてはならない。