(3)「防災マップ」被害想定、大きく変化 新基準知らされぬまま

熊本日日新聞 | 2020年8月30日 09:00

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 「まさかこんな高さまで来るとは…」。人吉市下林町に住む鬼塚千秋さん(68)は、家屋の外壁1メートル70センチの高さに残る濁流の跡と、防災マップを見比べた。

 防災マップに示された自宅の浸水想定は0・5メートル以上1・0メートル未満。7月4日の豪雨では、これを上回り、鬼塚さんの頭まですっぽりのみ込む、生死に直結する高さに達した。実際、下林町では4人の犠牲者が出た。

 消防団に14年在籍していた鬼塚さん。その経験から「防災」には気を使っていた。出水期の前や台風が近づいたときには必ず防災マップを取り出し、避難所の場所や携行品を確認。「ただ、浸水しても1・0メートル未満。そこまで深刻に心配していなかったのも事実。近所の1人暮らしの高齢者には声掛けもしなかった」と後悔する。

 水害常襲地区の住民にとって命を守るために必要な防災マップ。人吉市の最新版は2017年に市が各世帯に配ったものだった。

 ただ、その2年前の15年、水害の多発を受けて水防法が改正されていた。改正の柱は、防災マップの浸水被害想定のベースとなる降雨の基準変更。治水対策の計画規模である「数十年から100年に1度」から、想定し得る最大規模の「千年に1度」へ大幅に変わった。しかし、市の17年版マップは「80年に1度」とされる、1965年7月豪雨を想定した“旧基準”に基づいたままだった。

 市はこれまで、道路や避難所の変更、マップ作成にかかる費用などを考慮して5年を目安に防災マップを更新してきた。11年版マップに続く17年版マップは、水防法が改正された15年に作成を開始。“新基準”を基にした浸水想定区域は、河川管理者の国と県が示すことになっていたが、出そろったのは18年12月だった。

 鬼塚さんが住む下林町は、新基準に基づけば、浸水の深さは5・0メートル以上10・0メートル未満。「新基準でのマップが配られていたら、住民の危機意識も違っていたかもしれない」と怒りをにじませる。

 今回の豪雨は、浸水の深さが17年版マップと大きく違っていただけではなく、浸水範囲も「想定区域」より広範囲に及んだ。市によると、浸水が想定されていなかった灰久保町など7地域の一部で浸水被害が発生した。

 中青井町で飲食店を営む山田豊子さん(75)の自宅兼店舗も想定区域外だったが、床上約1・2メートルも浸水。「ここまで水が来たのは驚いた。危機感が足りなかった」と話す。

 災害法制が専門の山崎栄一・関西大教授は「旧基準と比べて新たに浸水が想定される地域や、垂直避難ができないほどの深さまで浸水すると想定される地域には、何らかの手段で住民に周知すべきだった」と指摘する。

 市防災安全課の立場康宏課長(50)は苦渋の表情をみせる。「防災マップをすぐに更新するのは難しかったが、国と県が示した『千年に1度』の浸水想定区域を市民に知らせることはできたかもしれない」(小山智史)

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