(8)「垂直避難」「外は危険」階上へ誘導 客守ったおかみの機転

熊本日日新聞 | 2020年9月4日 00:00

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天井付近まで浸水した「翠嵐楼」。右は社長の川野精一さん=8月9日、人吉市温泉町

 熊本県内有数の温泉観光地として知られる人吉・球磨地域。豪雨災害が起きた7月4日も、多くの旅館に観光客が泊まっていた。球磨川や支流からあふれた水が押し寄せる中、客や従業員の命を守ったのは、おかみらの機転だった。


 4日午前6時すぎ。人吉市九日町の球磨川沿いにある「清流山水花あゆの里」では、おかみの有村政代さん(69)が普段より早く仕事に取り掛かっていた。どんどん水位が増していく球磨川を見て、嫌な予感がしていた。

 この日の宿泊客は約100人。客の1人が「今すぐ避難所に行きたい」と訴えた。特別な防災知識や訓練の経験はなかったが、有村さんはとっさに判断した。「外に出たら水にのみ込まれます。上の階にいれば、うちが一番安全です」。旅館は9階建てだった。

 「バン、バン、バン…」。館内にとどまるよう必死で説得し、屋外テラスで球磨川を眺めていたほかの客を呼び戻した直後、外に面した1階のガラスが次々と割れ、水が一気に流れ込んできた。

 水はあっという間に1階の天井近くに達した。有村さんは宿泊客を6~9階に誘導。停電でエレベーターが使えず、車いす利用者や高齢者は従業員が背負って階段を上った。まさしく、「垂直避難」の実践だった。

 人吉市温泉町の「翠嵐楼」も垂直避難で人的被害を免れた。

 常務の川野主税さん(54)が異変に気付いたのは4日午前5時ごろ。近くにある球磨川の監視小屋が流されそうになっていた。「水の増え方が尋常じゃない」と感じた川野さんらは明け方に宿泊客を起こし、最上階の3階や屋上へ導いた。

 人吉市上青井町の「芳野旅館」は、1944年の豪雨で建物が流失した苦い経験を生かした。おかみの田口妙子さん(70)は「命を守るためなら空振りになってもいい」と早朝に客を起こし、避難所に指定されている学校を目指した。

 降り続いた大雨による被害は7月7日、県北部にも拡大。小国町の杖立温泉の中心部を流れる杖立川が氾濫して、旅館が浸水した。ただ、温泉街の各旅館は事前に、予約客に連絡を取ってキャンセルを促していた。

 水防法は学校や福祉施設、地下街などの管理者らによる水害発生時の避難計画作成を定めているが、宿泊施設は義務付けられていない。どのタイミングでどこへ避難するかの判断は、経営者や宿泊客らに委ねられているのが現状だ。

 内閣府の菅良一・風水害対策調整官は「避難情報は、旅行者にも向けられている」と指摘。「自治体のハザードマップを基礎に、宿泊施設も旅行者もあらゆるパターンの避難を想定しておく必要がある」と自主的な備えの重要性を訴える。

 あゆの里の宿泊客はそのまま連泊。5日、手配したバスで全員が帰路に就いた。「必死だったけれど、無事に送り出すことができて本当によかった」。有村さんは、前日の出来事のように振り返った。(緒方李咲、澤本麻里子)=第1部終わり


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