俳優・石井正則さん、ハンセン病療養所の写真集を出版 「”心の壁”取り払ってほしい」

熊本日日新聞 | 2020年9月21日 10:36

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「ハンセン病療養所を訪れ、感じてほしい」と語る石井正則さん。右は愛用のエイトバイテン=東京都東村山市の国立ハンセン病資料館

 俳優の石井正則さん(47)が今年3月、熊本県合志市の菊池恵楓園など、全国13カ所の国立ハンセン病療養所を撮影した初の写真集「13(サーティーン) ハンセン病療養所からの言葉」(トランスビュー・3190円)を出版した。強制隔離の重い歴史を刻んだ「場の記憶」を収めた作品に込めた思いや、写真へのこだわりを石井さんに聞いた。(並松昭光)

 -2016年から3年かけてプライベートで全13カ所を訪ねられていますが、ハンセン病療養所を撮ろうと思ったのはなぜですか。

 「偶然、NHKのドキュメンタリー番組を見たことがきっかけです。ハンセン病を全く知らなかったので、衝動的に『撮らないといけない』と感じました。社会問題という意識ではなく、忘れられようとしている歴史をフィルムにとどめておかないと、という感覚でした」

 「3年くらいは自分がやるべきか自問自答でした。大きかったのは、自分が8×10(エイトバイテン)と呼ばれる大判サイズのカメラを持っていたこと。これなら、療養所に流れる時間や歴史をそのまま受け止められると思い、撮影の覚悟を固めました」

 -最初に訪ねられたのは多磨全生園(東京都東村山市)だと聞きました。

 「事前の知識を全く持たずに向かいました。勉強すれば、自分が思うハンセン病の姿に寄せた写真を撮ってしまう。それが嫌だったんです。正門を入った瞬間、敷地内の空気が違った。『これは撮ることになるな』と確信しました」

 -写真集には、菊池恵楓園の「隔離の壁」など、13カ所の療養所で撮った火葬場、納骨堂、花など約100枚が収録されていますが、説明は一切ありません。

 「写真集の中にある『療養所』に案内する感覚です。場所や意味を説明すれば、一枚一枚のつながりが消え、教科書になってしまう。『頭で知る』ことの怖さもある。何かを伝える写真の力を信じたいと思いました」

 -入所者がつづった23編の詩も随所に掲載されています。

 「写真集は、入所者の方々の気持ちや感情が伝わるように構成しました。隔離の歴史から生まれた詩の世界に理解を深めてもらうために写真があると考えています。主役は撮影者の自分ではなく、詩であり、療養所の景色です」

 -大判や35ミリ判など、フィルムでの撮影にこだわっています。

 「僕が大事にしたいのは、フィルムに焼き付いた物理的な場の空気や光。デジタルは高精彩に撮れますが、色をビビッドにしたり、おどろおどろしく表現したりもできる。ただ、そこにある光を、場の空気ごと収めたかったんです」

 -恵楓園の入所者がホテルで宿泊を拒否された事件が起きた時、入所者自治会に送られてきた差別的な手紙も撮影されています。

 「自分の想像を超える文章に驚き、気が付くと撮っていました。この世界に、こんなひどい言葉を投げ付ける人がいることが信じられませんでした。昨今のSNS(会員制交流サイト)も同じ。必要なカットだと思いました」

 -ハンセン病を取り巻く偏見・差別は消えず、コロナ禍でも同じような構図が繰り返されています。

 「心や頭の中でいろんな思いを積み上げてしまうと、それが壁になり、分断を生み、差別につながる。療養所に来て、感じてもらいたい。心の中にある『壁』を取り払ってほしい。コロナ禍にあって、この思いはより強くなっています」

 ◇いしい・まさのり 1973年、神奈川県生まれ。お笑いコンビ「アリtoキリギリス」でデビュー。現在は俳優としてドラマや映画、舞台で活躍する。写真や自転車、喫茶店巡りなど多彩な趣味を持つ。

◇メモ 写真展「13 ハンセン病療養所の現在を撮る」は、東京都東村山市の国立ハンセン病資料館で11月23日まで。石井さんが撮影したモノクロ27点が展示されている。