社会に放たれた光 展覧会を「きっかけ」に <語り出す絵画たち 菊池恵楓園「金陽会」(下)>

熊本日日新聞 | 2020年10月16日 09:19

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九州大大学院の藤原惠洋研究室による公開講座では、藤原教授と藏座江美さんが対談。会場には高校生の姿もあった=7月、天草市牛深町

 菊池恵楓園(合志市)の入所者でつくる「金陽会」の絵画を「光の絵画」と呼んだのは、元熊本市現代美術館館長の故・南嶌宏さんだ。「現代の美術を通して人間のありようを検証する美術館」を目指してハンセン病問題に向き合っていた南嶌さんは、金陽会のアトリエを初めて訪れた時の印象を〈隔離と絶対の差別の闇の深さをそのまま絶対の光に転化させたかのような、天の光に満ちた『画家』たちの部屋〉だった、と書き残している。

 父と母のいる、心の中の風景が描かれた絵に〈人間というものがかくも崇高で、そして強い存在であるという事実に、改めて深い感動を覚えた〉という。2回の「光の絵画」展や開館5周年記念展「アティテュード2007」で紹介、その光を世に放った。

 金陽会には今、全国各地の展覧会から出品依頼が引きも切らない。絵は画家の代わりに旅をして、その思いを語り始めている。

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 「中でも、金陽会のメンバーの出身地に絵を展示する『里帰り展』は特別な展覧会」と、元同館学芸員で「ふるさと、天草に帰る」展実行委員長の藏座江美さんはいう。18年に、奄美大島で初めて開催。奄美出身の2人が描いていた風景が今も残っていると知り、「地元の人にこそ見てほしい」と、気持ちが先に走りだしていた。

 不安はあった。「島で暮らすご家族から『おせっかいなことをしてくれるな』と言われるんじゃないか」。当時、係争中だったハンセン病家族訴訟では、根強い差別や偏見から本名を名乗れない原告がほとんどだった。自分の行動が、誰かを傷つけてしまうかもしれないと思うとたまらなかった。

 天草展にも葛藤はあった。だが、金陽会の吉山安彦さん(91)は「私たちには絵を描く仲間がいた。独りじゃなかったと知ってほしいから」と全員のグループ展ならばと同意してくれた。

 奄美では何度も家族が訪ねてきてくれたり、感想文をもらったり、多くの出会いがあった。「展覧会は目的ではなく『きっかけ』です。絵のメッセージを受け止めてくれる人が、きっといる」

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 天草展発案者の一人である九州大大学院教授の藤原惠洋さん(65)は展覧会に合わせて公開講座を開く。新型コロナウイルスのために4回に減らしたが、「こんな時だからこそ考える場を持ち続けたい」。場所を変えながらの講座には、高校生の姿もあった。

 菊池育ちの藤原さんは「恵楓園は『近づくな』と言われた場所だった」と振り返る。絵に導かれて園に通うようになり、金陽会の作品を「人権問題というフレームの中ではなく、自分のこととして深く受け止めてほしい」と願う。

 「コロナでも、知らないことや偏見による攻撃がやまない。他者を知り、他者の立場に立って考えることの大切さを、私たちは学んだはずだ」。光の絵画が問い掛けるのは「見る人のアティテュード(態度)」と藤原さんはいう。金陽会の絵は鏡となって、人間を、そして社会を映し出している。(小野由起子)

 ※「ふるさと、天草に帰る」展は18日まで、天草市民センターで。上天草市の松島総合センターアロマ(21~28日)、苓北町のふれあいスペース如水館(31日~11月8日)にも巡回。