(1)”警戒” 狭い階段、車いす抱え 迫る濁流、懸命に2階へ

熊本日日新聞 | 2020年10月17日 00:00

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左が7月4日浸水した特別養護老人ホーム「千寿園」(中央手前)。右は水が引いた8月4日の同園。奥が球磨川、園の左下を流れるのが支流の「小川」=球磨村渡

 「ドーンッ」。7月4日午前7時、冷たい濁流が1階のドアを押し開け、渡り廊下のガラスを破って一気に建物内に流れ込んだ。熊本県球磨村渡で、社会福祉法人「慈愛会」が運営する村唯一の特別養護老人ホーム「千寿園」。80代、90代のお年寄りたちが穏やかに暮らしていたついのすみかで生死を分ける“悲劇”が始まった。

 この5時間前、激しい雨が施設の屋根をたたきつけていた。「寝たきりの人も多い。車いすに乗せて、すぐ避難できるようにしましょう」。夜勤の職員が園内の宿直室を訪ね、宿直のアルバイトをしていた元消防士の男性(61)に告げた。

 男性によると、3日夜から降り続く雨は弱まる気配がなく、園内は断続的に停電。照明が点滅を繰り返す中、それぞれの居室で寝ていた入所者らを起こして車いすに乗せ、南側の別棟の1階フロアに移動させた。北西側には裏山があり、土砂崩れを警戒したからだ。

 園内には入所者ら65人と男性のほか、夜勤の職員4人がいた。裏山の手前に「慈愛会」の小川美智子理事長の自宅を改修した小規模多機能型居宅介護事業所があり、土砂災害を警戒して3日夕には、施設利用者5人と小川理事長も園に身を寄せていた。

 午前4時ごろ、元消防士の男性は周辺を巡回。園東側の球磨川支流の「小川」が増水し、堤防を越えるまであと2メートルほどに迫っていた。巡回中、後藤竜一副施設長から電話が入っていたため折り返すと、この時は「『様子を見ましょう』という返事だった」。

 2時間後、後藤副施設長の電話の声は緊迫していた。「道路が冠水して、園に行き着かない」。同じころ、避難していた南側別棟前の駐車場が泥水に漬かりだしていた。

 駆け付けた近所の住民と職員たちが協力して入所者らを北側の棟に戻し、その2階へ移し始めた。ただ、2階はヘルパーステーションと家族宿泊室の2部屋で、わずか計約130平方メートル。エレベーターはなく、幅1・2メートルの22段の階段を上り下りするしかなかった。

 寝たきりの入所者を乗せた車いすは重く、「3人掛かりで抱えてやっとだった」と男性は振り返る。建物内にも少しずつ水が流れ込む中、2階に約50人を運び上げ、ほぼ人と車いすでいっぱいになった時だった。

 ガラスが割れる音と同時に濁流が流れ込み、水位はみるみる腰付近まで上がった。男性は、冷たい泥水に漬かりながら数人を運んだ。だが、これ以上は流れが強く断念せざるを得なかった。1階には入所者ら17人と地域住民数人が取り残された。(中島忠道、隅川俊彦)

◇7月の豪雨による河川の氾濫は球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」を襲い、80~99歳の入所者14人の命を奪った。7月3日から4日にかけ、園内で何が起きたのか。「2020熊本豪雨 川と共に」第3部「犠牲-千寿園の“悲劇”」は、当時園内にいた職員や地域住民の証言でたどり、教訓を探る。

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