(2)“救助” 駆け付けた地域住民  みるみる浸水間に合わず

熊本日日新聞 | 2020年10月18日 00:00

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 「ガラスが割れ、津波のような水が一気に押し寄せ、壁まで押し流された」。熊本県球磨村渡の特別養護老人ホーム「千寿園」に近い高台に住む球磨村議の小川俊治さん(72)は7月4日午前6時半ごろ、入所者らの救助のために園に駆け付けた。

 小川さんは園周辺の地域住民でつくるボランティア「避難支援協力者」のリーダー。午前1時半ごろ、強い雨音が心配になって地域を見回り、千寿園の裏山から水が流れ出しているのを確認した。土砂崩れを懸念した小川さんは、夜勤の職員らに裏山と反対の南側の別棟へ入所者を避難させるよう進言。「あの時は園が浸水するなど予想もつかなかった」

 いったん家に戻ったが、スマートフォンで雨雲の動きを確認すると、線状降水帯が球磨川流域を覆い続けた。村の防災行政無線も球磨川の水位上昇と避難を呼び掛け、「ほとんど眠れなかった」。午前5時半に家を出て、周辺住民に高台への避難を促し、6時半ごろ再び千寿園に。

 施設内は入所者を2階に上げる垂直避難の真っただ中。小川さんも避難を手伝い、浸水が始まっていた1階で待っていた車いすの入所者が水にぬれないよう、北側の棟の食堂にテーブルで“島”を作り、その上に車いすごと担ぎ上げた。認知症などを患う入所者が冷たい水にぬれることで、パニックになるのを防ぐためだった。

 その作業中に水が一気に押し寄せ、小川さんらに襲い掛かった。「胸、首とみるみる水が上がり、すぐに足がつかなくなった」。近くに浮かんでいた入所者の女性を片手で担ぎ、もう片方の手で浮かんでいたソファなどをつかんだ。

 天井近くまで浸水した1階に、2階から飛び込んで入所者を助けようとした近所の消防団の男性に、「あなたまで死んでしまう」と周囲が必死で止める場面もあった。

 小川さんは「どのくらい浮かんでいたか分からない。2~3時間だろうか。冷たい水の中で時間がたつのをとても長く感じた」。

 「助けが来る。頑張ろう」。浮いて救助を待つ数人が互いに声を掛け合った。水を吸ったソファがだんだん沈み始める。「死ぬかもしれない…」。半ば諦めかけた時、2階から屋上に出た職員や宿直アルバイトの元消防士の男性(61)が電気コードやカーテンを結んで作ったロープを投げ入れてくれた。それにつかまり屋上にはい上がったが、既に数人の背中が浮いていた。

 千寿園と村の記録によると、高齢者70人のうち、14人が自衛隊到着後に心肺停止で発見され、1人が低体温症のためヘリで病院に搬送された。残る55人は村総合運動公園に避難。職員や小川さんら駆け付けた地域住民を含め全員が救出されたのは午後10時すぎ。周囲は真っ暗になっていた。

 小川さんは、亡くなった入所者の冥福を祈りつつ振り返る。「救助に入った人が亡くならなかったのは奇跡だった」(隅川俊彦、中島忠道)

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