(4)“備え” 土砂災害を警戒 千年に1度の雨「想定せず」 

熊本日日新聞 | 2020年10月20日 00:00

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浸水から2日後の千寿園の内部。壁面には約3メートルの高さに濁流とみられる跡があった=7月6日、球磨村渡(坂本明彦)

 「千寿園の幹部らは、北西側にある(裏山の)斜面の土砂崩れを警戒して、あれほどの高さの浸水は想定していなかったはずだ」

 7月4日の被災当時、球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」で3日夜から宿直のアルバイトをしていた元消防士の男性(61)はこう証言する。

 水防法は2015年と17年の改正で「1000年に1度」の豪雨で浸水の危険がある区域の高齢者施設などに、最大浸水を想定した避難計画の策定を義務付けた。

 国土交通省は17年、1000年に1度に相当する豪雨を人吉市より上流で12時間総雨量502ミリと設定。その場合、千寿園周辺は「10メートル以上20メートル未満」浸水すると想定された。村も想定を認識し、ハザードマップに反映させようとしていた矢先に悲劇は起きた。

 千寿園が18年4月に作成し、村に提出した避難計画は「土砂災害に関する避難確保計画」のみ。この計画の中には一部、河川の氾濫を想定した文言もある。ただ、千寿園の代理人、中嶽修平弁護士(39)は「水防法が定める最大の浸水を想定していたとは言えない」と認める。

 一方、中嶽弁護士は「10~20メートルの浸水は、村全体が浸水するような想定。それに即した避難計画の策定と訓練は現実的には難しい」と園側の立場を代弁。村から策定に関する指示などは「なかった」とした。

 避難計画は、屋内の避難場所に施設2階部分を指定。屋外の第1避難場所には施設南側の職員駐車場、第2はほぼ隣接する渡小運動場および体育館、第3は村内でも高台にあり、直線で約1・5キロ離れた村総合運動公園内の多目的交流施設「さくらドーム」としていた。この三つの屋外避難場所のうち、浸水を免れたのはさくらドームだけだった。

 村は河川の氾濫などを見越し、従来の発令基準に満たない段階の7月3日午後5時に避難準備・高齢者等避難開始を発令した。午後10時20分には避難勧告、4日午前3時半に避難指示。気象庁が「ただちに命を守る行動が必要」とする大雨特別警報の発表は同日午前4時50分だった。

 3日午後7時以降に園内にいた職員は当直と夜勤の職員合わせて5人。当直をしていた元消防士の男性は「認知症や寝たきりの入所者をあの激しい雨が降る夜間に車いすに乗せて、さくらドームまで避難させるのは危険だった。車両を使うにしても、マンパワーはとても足りなかった」と証言する。

 近所に住む球磨村議の小川俊治さん(72)は4日午前6時半ごろ、千寿園に駆け付け、泥水に溺れそうになりながら入所者の救助に当たった。千寿園が年2回開く避難訓練にもボランティアとして参加していた。

 「職員も、私たち地域の住民も訓練通り、必死に2階への垂直避難を試みた。どうすれば14人の命を救えたのか…。私には、いまだに分からない」(隅川俊彦、小山智史)

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