押し花の「里」30年で幕 山鹿市三セク「菊鹿フラワーバンク」清算 愛好者減少、売上高10分の1に

熊本日日新聞 | 2021年09月21日 13:41

菊鹿フラワーバンクが入居する「あんずの丘」の押花館。押し花の教材キット生産などを手掛けてきた=山鹿市

 押し花アートの素材などを生産する熊本県山鹿市の第三セクター「菊鹿フラワーバンク」が、経営不振により9月末で営業を停止する。同社は、かつて県が提唱した「日本一づくり運動」の一環で、合併前の旧菊鹿町が自然環境を生かした産業育成を図ろうと、1991年に設立。業績好調の時期もあったが、創業30年で幕を下ろす。

 旧菊鹿町が観光農業の推進に向け、約13億円をかけて整備した特産工芸村「あんずの丘」。その一角にある押花館(延べ床面積485平方メートル)が同社の店舗兼加工所だ。展示フロアには、美しい絵画のような押し花の額装品がずらり。23日まで県内愛好家の作品発表会を開いている。

 同社の前身で、旧町主導で設立された任意団体「押し花研究所」時代から同社を支えてきた蔵原睦子部長(70)は「廃業は悔しくて寂しい。押し花で日本一の里を目指してきたが、果たせなかった」と肩を落とす。

菊鹿フラワーバンクが押花館で開いている作品展。美しい絵画のような押し花作品が並ぶ

 同社は、全国的な押し花教室組織「ふしぎな花倶楽部」(会員約1万5千人)向けの教材キット生産を主力事業としてきた。山野草など常時100種以上の花や葉、茎を地元を中心に集め、特殊な乾燥方法で色合いを保って保管。天然素材を得にくい大都市圏の会員らに届けてきた。

 押し花は90年代から人気が広がり、最盛期の2006年に同倶楽部の会員は3万2千人に達した。勢いを駆って旧町は全国コンクールなどを開き、同社の売上高は02年9月期に1億4千万円あり、町に計約800万円を寄付したこともあった。

 それが愛好者の高齢化や減少で、08年から売上高は右肩下がりに。ガラス工芸の教室を手掛けるなど新たな事業展開もしたが、20年は1366万円にまで落ち込んだ。蔵原部長は「女性の趣味が多様化し、時代の変化に対応できなかった」と振り返る。地元花農家への波及効果は一部にとどまっていたという。

 同社は8月2日に臨時株主総会を開き、解散を決議。栗原雅秀社長(68)は「債務超過に陥り、迷惑をかける前に畳むしかない」と廃業を選択した。約900万円の累積赤字は資本金から償却する。

 地域で育んできた押し花の文化は今後、個人で担うことになる。地元の指導員、竹元操さん(69)は「教室を公民館などに移し、制作活動は仲間と続けたい」と話す。ふしぎな花倶楽部向けの素材生産も個人契約で一部続く見通しだ。

 一方、あんずの丘の観光交流機能の低下が懸念される。担当の市農業振興課は「押花館の後継テナントを探したい。特産工芸村の方向性に合致する団体や企業に入居してほしいが、具体的な展望は描けていない」としている。(猿渡将樹)

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