(1)被災者の不安 ダム論議より、生活再建を 

熊本日日新聞 | 2020年11月12日 00:00

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豪雨災害に遭い、解体が進む山本和代さん方。1・5メートルのかさ上げをしても、それを上回る高さの濁流が押し寄せたという=4日、人吉市

 「この時期になぜ、ダム論議なのか」。7月豪雨の被害が大きかった熊本県の人吉球磨地域。被災者が生活再建の道筋をつけようとする中、川辺川ダムの建設計画が突然息を吹き返した。「住民の生命、財産を守る」と声を上げる流域市町村長や県、国が進める治水論議を横目に、被災地ではダムへの不安や不信感がくすぶり続ける。

 蒲島郁夫知事が10月15日から、人吉球磨地域などで開いた住民対象の意見聴取会。ダム反対の根拠として、住民らが異口同音に言及したのが県営市房ダムの緊急放流に対する不信感だった。約50戸の大部分が球磨川の濁流にのみ込まれた人吉市中神町の大柿地区で、温泉施設を営む大柿章治さん(75)も不安を抱く住民の1人だ。

 約20回開いた意見聴取会の途中から、県は市房ダムの洪水調節機能や放流方法などを説明。今回の豪雨に際して「異常洪水時防災操作(緊急放流)はなかった」と明言した。だが、大柿さんは7月4日の朝に一気に水位が上昇した原因を「市房ダムが放流したけんたい。間違いなか」とみる。川辺川ダムも同じ危険性があるとして、反対の立場だ。

 川辺川ダムの建設計画に懐疑的な声は、幾度も水害に遭ってきた“常襲地帯”でもささやかれている。

 球磨川と支流の万江川の合流地点に近い人吉市温泉町は小規模河川が流れ込む低地のため、何度も水害に見舞われた。支流の福川に近い山本和代さん(68)の自宅は1965年と82年の豪雨で2度、1メートル以上浸水。「温泉町に家ば建てちゃいかんと、近所同士で冗談を言い合っとったです」と苦笑いする。

 福川に堤防ができた82年以降、洪水被害は起きなかったが、今回の水害は様相が一変した。山本さん方は1・5メートルかさ上げしたにもかかわらず、それを約2メートル上回る高さで濁流が押し寄せた。川辺川ダムが存在していれば人吉市の浸水面積を約6割減らせたという国の説明も、山本さんの胸には響かない。「高い堤防を造ってもだめだった。ダムができても同じ。自然には勝てんですよ」

 一方、球磨川の氾濫で大半の家が水没した球磨村渡の茶屋集落。自宅が流された中神ゆみ子さん(70)は3カ月の避難所生活を経て、村内の仮設住宅で1人暮らししている。「水害があろうとなかろうと、茶屋は自分が生まれ育った場所。絶対離れたくない。それだけです」。朝、集落に足を運んでは、がれきが残る風景を眺めて過ごしている。

 そうした日々の中でダム論議が進むことを、中神さんは「論外」だと憤る。「ダムがあったとしても、集落は水に漬かっていた。ダムのことばかりでなく、もう少し被災者に目を向けてほしい」(小山智史、臼杵大介)



 7月の豪雨で氾濫した球磨川の治水方針を決めるため、蒲島知事は流域からの意見聴取を重ねてきた。川辺川ダムの建設容認を含めた「流域治水」を最有力候補に調整しているという。判断材料は十分にそろったのか。流域の人たちのさまざまな声に、改めて耳を傾けた。

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