東京パラリンピック閉幕 記者チェック・地方でも練習環境整備を

熊本日日新聞 | 2021年09月05日 23:20

東京パラリンピック閉会式で各国の選手に見守られ、登場する日本国旗(高見伸)
東京パラリンピックの閉会式会場で談笑する車いすバスケットボール女子日本代表の平井美喜(左・立正大職、西原村)

 東京パラリンピックが5日閉幕した。障害と共に生き、心身を鍛え上げた選手の熱戦は、パラスポーツの素晴らしさや魅力を広く伝えるきっかけになった。選手の活躍が多くの人々の記憶に残る一方で、将来に東京大会の「レガシー(遺産)」をどのように残し、生かすのかが問われる。

 障害者スポーツを取り巻く環境は厳しい。2019年に東京都内に「ナショナルトレーニングセンター(NTC)イースト」が開所した。バリアフリー化を徹底したパラリンピアンの強化拠点がようやく誕生した。メダルを3個獲得した富田宇宙ら競泳陣は直前まで、NTCイーストの水泳場で練習。調整に集中できたことが、メダル量産の要因の一つとなった。

 ただ、地方での練習環境や支援態勢は乏しい。今回出場した県関係11人のうち、県内居住は3人だけ。多くの選手が東京やその近郊を拠点に活動する。

 熊本市で1人で練習してきた車いすラグビーの乗松聖矢は「普段はチームメートの動きを頭にイメージして走り込んでいる」と話したが、強い精神力で補う特殊な例。日常的にプレーできるなどより良い環境を求めて職場を変える選手もいた。

 車いすラグビーのケビン・オアー日本代表監督は銅メダルを決めた後、3年後のパリ大会に向けて持論を展開した。「もっと育成選手を集めたい。今は東京やその周辺にいないと競技をするのは難しい。しかし、全国から選手を見つける必要がある」

 東京大会を目指した選手たちを、多くの企業がアスリート雇用という形で支援した。だが、パラ出場を目指す次世代の選手に、同じような支援が広がるかは見通せない。ある選手は大会前、「自国開催ということで企業によるアスリート雇用が進んだが、『東京後』も続くのかは不安もある」と漏らした。

 パラアスリートはスポーツを通じて、「人間の可能性」を追求してきた。どこに住んでいてもその可能性の扉が開かれるよう、官民を挙げた持続的な支援態勢の構築が、将来に向けた大きな課題だ。(野方信助)

東京パラリンピックの閉会式会場に集まった日本の選手ら(高見伸)

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