球磨村の大岩さん夫婦 熊本豪雨、「あの日」乗り越えた命

熊本日日新聞 | 2021年07月05日 15:17

住宅などの解体が進む神瀬地区で、大岩翼さん(左)と栄里香さん(右)、詩ちゃん=6月18日、球磨村(後藤仁孝)

 腰の高さまで増水した濁流をかきわけ、一歩ずつ高台を目指した。おなかの張りを感じつつ、祈り続けた。「この子だけでも助かって」。翌月に産声を上げたわが子は、つかまり立ちをするほどに成長した。夫婦は今、あの日を乗り越えた先にあった幸せをかみしめている。

お守りを手に

 昨年7月4日未明、熊本県球磨村神瀬[こうのせ]の木屋角[きやのすみ]集落。大岩翼さん(35)と妊娠9カ月だった栄里香さん(32)が暮らす村営住宅には激しい雨が打ち付け、道路も冠水し始めた。「家が漬かるかも」。栄里香さんは避難の荷物をまとめた。翼さんがプレゼントしてくれた安産祈願のお守りを握り、2人で外に出た。

 水位はみるみるうちに腰の高さまで上昇。暗闇の中、栄里香さんは翼さんと手をつなぎ、高台の神瀬住吉神社へ向かった。途中、何度も濁流に足を取られそうになった。

 やっと神社にたどり着くと、水没していく集落が見えた。避難した住民たちは「こんなことになるなんて…」とぼうぜんとしていた。ずぶぬれの栄里香さんは体温が奪われ、知人から借りた毛布でおなかを覆った。

 午後4時ごろ、おなかが張ったまま自衛隊のヘリコプターで救出され、人吉市の病院に緊急入院。「早産かもしれない」と医師に告げられると不安が膨らみ、胸が押しつぶされそうになった。

 安静にして2週間過ごすと、早産の恐れはなくなった。ただ、病室のテレビは連日、神瀬の変わり果てた光景を映し出した。胸が痛み、泥水に漬かって茶色くなったお守りを強く握り締めた。

小さな手のひら

 8月下旬、第1子となる女の子を産んだ。体重3612グラム。破水から2日後の難産だったが、元気な姿を見せてくれた。人さし指を出すと、小さなモミジのような手のひらが握り返した。「よかった。無事だ」。涙があふれた。名前は「詩[うた]」と決めていた。

 親子3人は今、八代市のみなし仮設住宅のアパートに暮らしている。球磨村森林組合職員の翼さんは、被災した作業道の補修などに汗を流す日々。慣れない作業もあるが、詩ちゃんの笑顔を見ると疲れが吹き飛ぶ。「守るべき家族が増えた。弱音を吐いてはいられない。被災はしたけど、幸せも感じる」

 木屋角集落の31戸は、豪雨災害でほとんどが全壊。今は解体が進み、更地が広がっている。球磨村全体に目を向けても、被害が大きいため、いつ、どこまで復旧するかは見通せない。一方で大岩さん夫婦は集落を訪れるたび、周囲の温かさに包まれていた日常を思い出している。

 「できれば集落に戻りたい。いつか、そんな日が来るのかな」。夫婦は詩ちゃんのつぶらな瞳をのぞき込みながら、親子3人の将来に思いをはせた。(小山智史)

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