「死までも差別」 ハンセン病療養所・菊池恵楓園入所者の遺体解剖 識者ら「国主体の検証を」

熊本日日新聞 | 2020年9月23日 16:00

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入所者に解剖承諾書(解剖願)を提出させることを定めた療養所の内規文書。1936~58年の間、承諾は一律に取られていた(調査報告書から抜粋、菊池恵楓園提供)菊池恵楓園がまとめた調査報告書の一部。身元が特定できた解剖は総数389件と記されている(下線部)

 国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園(合志市)で1911~65年に死亡した入所者の遺体のうち、身元判明分だけで389体の解剖が明らかになったものの、他の療養所の実態は分かっていない。入所者の解剖は全国の半数以上の療養所で行われたとされており、識者らは「隔離政策という過ちを犯した国が主体的に検証すべきだ」と指摘している。

 恵楓園の調査報告書によると、医学研究を名目にした解剖は、身元の分からない入所者を含めると479体。解剖に関する名簿など詳細な記録は残っておらず、報告書は「人権軽視のそしりは免れない」としている。

隔 離

 国が設置した「ハンセン病問題に関する検証会議」が2005年にまとめた最終報告書は、療養所で死亡した入所者の解剖が遅くとも1920年ごろ始まり、半数以上の療養所では80年ごろまでほぼ全員の死亡者が解剖されたとしている。

 影響を与えたとされるのが、隔離を提唱した医師で国立療養所・長島愛生園(岡山県瀬戸内市)の園長だった光田健輔氏(64年死去)。光田氏を中心とする医師らが解剖を始め、その後、「ルーティン化された」(最終報告書)という。

倫 理

 解剖は一部臓器の摘出が一般的だが、療養所ではほぼ全ての臓器を保存。検証会議の報告書は「保存目的が全く理解不能で、医学的常識を極めて逸脱している」と批判した。解剖で作製された標本は2千体以上とされるものの、同会議の副座長を務めた内田博文・九州大名誉教授は「詳しい実態は分かっていない」と説明する。

 恵楓園の調査では36~58年、事前に解剖を承諾する「解剖願」を入所者から一律に取っていたことも判明。同園の報告書は法的妥当性への配慮はあったとする一方、「倫理性の問題について深く思いを致さねばならない」と記している。

 内田氏は「国際的な解剖の倫理原則では、人間の尊厳を守ることが最大の価値とされており、一律に同意を取っていたことは問題」と指摘。ほかの療養所も含めた自主的な検証を求めている。

教 訓

 療養所では強制不妊手術も繰り返された。戦前は非合法の手術が行われ、48年の旧優生保護法施行で合法化。96年の同法廃止までに行われた手術は全国で1551件に上る。今回の調査が多数の解剖例を明らかにしたことで、入所者が生から死に至るまで差別的扱いを受けていた実態がより鮮明になった。

 全国ハンセン病療養所入所者協議会の森和男会長は「社会から隔離された療養所は、治外法権ともいえる場所だった。そこに医療倫理はなかった」と強調し、「過ちを教訓とするためにも、療養所の闇を明らかにする必要がある」と訴える。(臼杵大介)