「やりなおすバイ」5年で再開 熊本地震で被災、南阿蘇村のうどん店

熊本日日新聞 | 2021年06月08日 11:00

熊本地震で休業し、5年ぶりに営業を再開した「うどん家 あそ」の飛瀬正文さん(左)と妻ひとみさん、孫の宮本翔君=南阿蘇村
本震直後の「うどん家 あそ」の厨房。前震後に片付けたばかりの食器類が散乱した=2016年4月16日(宮本文菜さん提供)

 熊本地震で被災し、5年間の休業を余儀なくされた南阿蘇村立野の「うどん家 あそ」が5月上旬、営業を再開した。この5年間で立野の世帯数は4割以上減ったが、店を営む飛瀬正文さん(72)と妻ひとみさん(67)は「地元を離れた人たちもふらっと立ち寄れる場所になれば」と笑顔で常連客を迎えている。

 店は1989年、脱サラした正文さんが国道57号沿いに開業。同村と阿蘇市の玄関口という立地の良さもあり、地元住民や常連となった県内外の観光客らに親しまれてきた。

 2016年4月16日、正文さん夫妻と次女の宮本文菜さん(29)は、14日の前震で散らかった調理器具や食器の片付けを終えて店で就寝中、本震に襲われた。「恐怖であの時の揺れが思い出せない」とひとみさん。約1キロ東にあった阿蘇大橋が崩れ落ちる音も覚えていないという。

 天井の板が剥がれ落ちてきたが、分厚い布団を被っていたため3人とも無事だった。店と近くの自宅は倒壊こそ免れたが、店の冷蔵庫が約2メートル動き、床には食器が散乱。自宅も足の踏み場がない状態になった。地区は長期避難世帯に指定され、約2年間は仮設暮らしを強いられた。

 年齢や店舗の修繕費を考えれば、店を閉じる選択肢もあった。それでも、正文さんはひとみさんに「またやりなおすバイ」と力強く宣言した。

 被災後、地元建設会社で廃棄物を仕分ける仕事に就いた正文さん。毎日のように見覚えのある家の廃材が持ち込まれる惨状に言葉を失った。「もう使わないから」と農機具を処分した住民もいた。店を残すと決めたのは、寂しさを増す立野地区で「せめて自分だけでも踏ん張りたい」という思いが募ったからだった。

 廃棄物の仕分けを続けながら、自力で店内の壁や天井を修繕するなど、一歩ずつ再開に向けた準備を進めた。休業中しばしば店の玄関に差し込まれる、常連からの「元気にしていますか」「いつ再開しますか」などと書かれた気遣いの手紙にも支えられた。

 再開初日の5月4日は、多くの常連が駆け付けた。震災前と変わらず、店内には古びたラジカセからラジオの音が響く。自慢のそばやうどんを食べ、笑顔で帰って行く客の姿に「再開して本当によかった」とひとみさん。正文さんも「復旧・復興に向けて涙ながらに励まし合った人たちがいつでも集えるよう、店を守り続けたい」と決意を新たにした。(上杉勇太)

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