韓台のハンセン病 戦後補償解決のモデルに

05月04日 09:25

 国の誤った強制隔離政策によって、差別に苦しむハンセン病元患者の家族に対する補償法に基づいて、戦前、戦中の日本統治下で過ごした韓国と台湾の元患者の家族が、厚生労働省に補償請求を行った。

 2019年に施行された家族補償法は、当初から旧植民地も対象にしている。その背景には、被害者救済に向けた元患者や弁護団、支援者らの長年の国際連携があった。今回の請求はそれが実を結んだ形で、ハンセン病問題のみならず、いまだに多くの事例で合意が得られていない旧植民地に対する戦後補償問題解決のモデルとしても評価したい。

 強制隔離政策を巡っては、01年5月のハンセン病国家賠償請求訴訟熊本地裁判決で、憲法違反の判断が確定。これを受けて成立した元患者への補償法は当初、運用面で旧植民地の療養所入所者を排除していた。

 このため、韓国、台湾の入所者が補償を求め提訴。05年の東京地裁判決では、両原告の勝訴、敗訴が分かれたが、超党派議員による06年の補償法改正で旧植民地も対象に。こうした経緯から家族補償法も、終戦前の生まれなどを条件に、在外者を含めた。

 日本統治下での韓国のハンセン病療養所「小鹿島[ソロクト]更生園」では、懲罰の手段として断種が行われるなど、日本国内以上に差別的な処遇がなされていた。

 その実態を調査してきた歴史研究者の滝尾英二さん=故人=の「旧植民地の被害が置き去りにされている」との指摘を受け、日本の国賠訴訟の弁護団らが初めて小鹿島を訪問したのは03年。以後、台湾の療養所「楽生院」入所者や、現地弁護士らとの交流も進め、補償請求にまで至った。日本側から働き掛けた一連の活動は、戦後の隔離政策についての韓国政府による謝罪や被害救済にもつながったという。

 国際支援の輪は、元患者同士や市民にも広がり、熊本では05年の「ハンセン病市民学会」設立総会などに、韓国、台湾の入所者らが参加。こうした分厚い交流が、問題解決促進の原動力となった。

 旧植民地に対する戦後補償を巡っては、特に韓国との間で従軍慰安婦や徴用工の問題などであつれきが続いている。日本の政府は日韓請求権協定で戦後補償は法的には解決済みとの立場だ。ただ一方で、道義的、人道的問題として、当事者が自発的に解決に取り組むことまで拒むものではない-との姿勢も示していた。

 ハンセン病家族補償の韓国、台湾からの請求に至るまでの経緯は、その自発的取り組みの数少ない成功例と言えるのではないか。

 むろんハンセン病家族への補償を、慰安婦、徴用工の問題に単純に当てはめることはできないが、民間主導で対話を重ね、信頼関係を築き、当事者が納得する解決にまで導いた筋道に学ぶべき点は多い。このような事例の存在を両国間で広く共有し、他の戦後補償問題解決の糸口にもしたいと思う。

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