憲法記念日 先の見えぬ今こそ指針に

05月03日 09:13

 「まともに店を営業できない」「好きな所へ旅行に出掛けられない」…。新型コロナウイルスの感染拡大以降、私権を制限するさまざまな規制で、私たちはコロナ禍前まで当たり前と思ってきた自由な生活を送れずにいる。

 政府のコロナ対応の不十分さもあり、感染症のような予期せぬ事態に即応するため、一部には「個人の権利をさらに規制するべき」との空気が漂う。一方で、「コロナ禍に乗じて私権を制限する措置がなし崩し的に常態化していくのでは」と、警戒する声も強い。

 日本国憲法は今日、施行から74年を迎えた。国民それぞれがやり場のない不満や不安を抱え、先の見えない今だからこそ、「基本的人権の尊重」など憲法の基本原理を、私たちの指針として再確認しておく必要があるのではないか。

 納得のいく説明を

 政府は昨年4月に新型コロナの特別措置法に基づく緊急事態宣言を初めて発令。多くの社会活動を制限した。その後の感染第2波、第3波でも国や自治体は営業時間短縮を要請したり、外出自粛を呼び掛けたりを繰り返し、それは第4波の今も続いている。

 今年2月には罰則を導入した改正特措法、改正感染症法が施行。都道府県知事の命令を拒んだ事業者や感染者に過料を科すことができるようになった。

 国民の生命を守るため、その他の権利を制限せざるを得ない場面は確かにあろう。しかし、それを実施するに当たっては、必要性や合理性について納得のいく説明が欠かせない。果たしてそれは今、尽くされているだろうか。

 時短命令を受けた飲食チェーンが「営業の自由」を保障する憲法に反するとして、東京都に損害賠償を求めて提訴するなど、対象者が疑問を投げ掛ける動きも出ている。補償措置も十分でない中、高圧的な命令がまかり通るようになれば、かえって社会の分断を招きかねない。権利の制限は法制度の設計、運用ともに慎重であらねばなるまい。

 権力乱用の懸念も

 そういう意味では、感染症や災害に対応するため、憲法に緊急事態条項の新設を求める声が強まっているのも気掛かりだ。共同通信社が憲法記念日を前に実施した世論調査では、条項の新設を容認する声が6割近くに上り、4割強の反対を上回った。

 緊急事態条項は自民党がまとめた改憲案4項目の一つ。災害や武力攻撃の際に政府の権限を一時的に強化し、特別な措置を講じる規定である。同党内には「条項があれば外出制限やマスク着用をもっと厳格にできた」との声もあるようだが、ひとたび設けられれば、非常時を名目に乱用される懸念も拭えない。拙速は禁物だろう。

 昨年来のコロナ対応を振り返れば、住民に身近な自治体の役割の重要性が改めて浮き彫りとなった。現実的に考えると、内閣の権限強化より、地方への権限委譲や国と地方の連携の在り方に関する議論を優先すべきではないか。

 最近の憲法を巡る動きとしては、憲法改正の手続きである国民投票法の改正案審議が衆院の憲法審査会で大詰めになっている。

 自民、立民両党は今通常国会で何らかの結論を得ることで合意。与党はこの連休後にも、駅や商業施設でも投票できる「共通投票所」の導入など7項目を盛り込んだ改正案を採決する構えだ。

 有権者の利益となるような改正はもちろん実施すべきだ。しかし今、論議すべきはむしろ、コロナ禍の中で憲法の条項が政策として実現されているかどうかの確認ではないか。例えば、解雇や雇い止めなどで厳しい生活を強いられている人々が、憲法25条がうたう「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障されているか。現在の社会政策の根本にぜひ据えてほしい課題だ。

 法治主義のゆがみ

 国家権力が憲法に縛られるという「法の支配」は政治の要諦である。だが、今の国政に対しては「説明拒否や強弁など、立法府である国会を軽視し、違憲、違法が疑われるような強引な姿勢が定着しつつある」と、法治主義のゆがみを指摘する声も強い。

 安倍前政権が従来の憲法解釈を閣議決定で変更し、集団的自衛権の行使を解禁する安全保障関連法を2015年に制定して以降、こうした動きは顕著であり、現政権にも引き継がれている。

 日本学術会議の会員任命拒否問題では、菅義偉首相自身が会員の定数を定めた学術会議法上の違法状態を招いている。「学問の自由」を侵害しているとの声もあるが、首相は口をつぐんだままだ。政権運営における法治主義の回復も喫緊の課題である。

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