普天間合意25年 耳を傾けるべき沖縄の声

04月20日 09:10

 日米両政府が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の返還に合意して25年が経過した。だが、返還は遅々として実現せず、今後の見通しも不透明だ。沖縄県は進行中の飛行場移設計画に反対し、打開策を提案している。日米両政府は沖縄県民の意思を尊重し、提言に真摯[しんし]に向き合うべきではないか。

 1995年9月、現地で米兵による少女暴行事件が発生。県民の怒りがうずまく中で、96年4月12日、普天間全面返還が電撃的に発表された。住宅密集地の中にあって世界一危険とも言われた同飛行場を「5~7年以内」に返還するという内容だった。

 それが今もって実現しないのは代替施設を県内に造って移設するのを条件としていたためだ。移設場所として名護市辺野古が浮上。海岸部を埋め立て、V字形滑走路を建設する計画で日米が合意した。県民は市長選や知事選などを通じてたびたび移設反対の意思を表明。2019年2月の県民投票では7割超の人たちが辺野古埋め立てに反対した。

 しかし、国は18年末に埋め立てのための土砂投入に踏み切り、その後も工事を続行。ところが、埋め立て予定地に軟弱地盤が見つかり、工事の設計変更を県に申請している。土砂投入の進捗[しんちょく]率は今年3月末時点で約5%にとどまっており、工事は長期化する見通しだ。総工費は約2・7倍に膨らみ、22年度としてきた普天間返還の目標時期も、30年代以降にずれ込んでいる。

 こうした工事の難航や県民の反対にも関わらず、政府は従来の方針に固執。先の菅首相とバイデン米大統領の首脳会談でも、辺野古移設を普天間返還に向けた「唯一の解決策」として再確認した。

 普天間飛行場に隣接する沖縄国際大では04年、米軍の大型輸送ヘリコプターが墜落し、炎上。敷地周辺の住民は恒常的に事故の危険性にさらされ、現在も頻繁な米軍機離着陸の騒音に悩まされ続けている。

 返還合意の出発点は本来、沖縄の基地負担軽減にあったはずだ。日本国内の在日米軍専用施設の約7割が、沖縄に集中している。普天間から辺野古に飛行場を移設しても、県民が抱える過剰な基地負担に何ら変わりはない。

 中国の軍事力増強によって、日本周辺の安全保障環境は大きく変化し、沖縄の米軍基地の重要性はより高まっているとされる。一方、在沖縄米軍が攻撃される恐れも高まることから、兵力拠点を他地域に分散させるべきだという意見も米国内にはあるという。

 沖縄県は、県内に固定化された米軍の配備をほかに分散させるよう提案。普天間の辺野古移設に代わる策を検討するため、日米両政府と県の3者で会合を設置するよう要請している。

 政府に求められるのは、そうした沖縄の声を尊重することだ。菅首相らが強調してきたように「沖縄の皆さんの心に寄り添う」というのであれば、提言に真剣に耳を傾け、打開策を探るべきである。

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