【電子版限定】猛煙、死者104人…その時、報道は 大洋デパート火災51年 元熊日記者が振り返る「あの日」
熊本市一の繁華街・下通にあった地場の老舗・大洋デパートの火災から29日で丸51年。史上最悪のデパート火災といわれる大惨事だが、時がたつにつれ、その記憶は風化しがちだ。言うまでもなく熊日はこの火災を総動員体制で取材に当たり、逐一報道した。人命救助、火災消火、そして出火原因などで混乱の坩堝[るつぼ]にあった現場。当時入社1年目の新人記者だった元熊日記者の矢加部和幸さん(76)が、あらためて関係者の話をまとめて半世紀前を振り返った。(肩書きなどは当時)
■「部長、あれは…」窓越しに黒煙
昭和48(1973)年11月29日午後1時過ぎ。それは「部長、あれは…」の一言から始まった。熊本市下通の大洋デパートのピンク色をしたビルから上がる黒煙が窓越しに見える。消防車や救急車のサイレン音がけたたましく接近し、社会部デスク上の消防局ホットラインが「火災発生」を告げた。デスクで記事を書いていた社会部遊軍の上村秀生記者は、そう言い残して飛び出した。
大洋デパートは、上通の入り口にあった当時の熊本日日新聞社から市電の線路を挟んで、わずか200メートル。数分で駆け付けた上村記者が見たのはビルから次々、消防隊員によって運び出される買い物客や従業員の姿だった。中には煙に巻かれて亡くなったと思われる人もいた。
「こらあ、大ごつばい」。上村記者は編集局にとって帰り、社会部の末広善行部長に惨状を報告した。夕刊の編集作業が一段落し、三々五々昼食に向かう編集局内の気だるい空気が一変した。怒涛[どとう]の大洋デパート火災取材の幕開けであった。
大洋デパートの従業員から熊本市消防局へ通報があったのは29日午後1時23分。その8分前ごろに本館南西階段の2階と3階の間の階段踊り場に積んであった段ボールから出火。近くにいた従業員らがバケツリレーなどで消火に当たったが、消し止めることができなかった。
火は3階の家具呉服売り場に一気に燃え広がり、エスカレーターや階段などが煙突状態となり、火は上の階へ次々燃え上がり、地上7階一部9階、地下1階のビルの3階以上があっという間に炎に包まれた。
火は8時間後に消し止められたが、3階以上が全焼し、死者104人、負傷者67人。日本のデパート火災史上最悪の大惨事であった。当日は定休日の木曜日だったが、北海道展開催のため臨時に開店。出火当時、客と従業員ら1200人が大洋デパート内にいたといわれる。
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