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射程

仮説の上に立つ危うさ 2016年12月29日

 天体観測にいち早く望遠鏡を取り入れたのが、地動説を唱えて裁判で有罪になった科学者のガリレオ・ガリレイである。

 ガリレオは1610年、イタリアのボローニャで大学教授らを集めて自作の望遠鏡による観測会を開いた。遠くにある山や森、建築物が間近に映し出されると参加者はみな「これはすごい」と称賛の声を上げた。だが、月面の凸凹の姿を見せられると「こんなのはデタラメだ」と一斉に非難を浴びせた。

 天上界はすべてのものが規則的に動き、美しく統一された“神の棲[す]む世界”と考えられていた。それが当時の社会に浸透する常識であり、その常識が知識人たちの目を曇らせた。「世紀の大発見」と胸を躍らせたガリレオだったが、全く相手にされなかった。

 科学作家の竹内薫さんは「常識は仮説にすぎない」という(『99・9%は仮説』光文社新書)。科学の粋を集めたはずの原発も、その安全神話は幾つもの仮説の積み重ねの上に成り立っていると言えよう。そのことが浮き彫りになったのがチェルノブイリや福島の事故であったはずだ。それでも政府は原発推進をやめようとはしない。

 政府が進める核燃料サイクル政策もしかり。結果の出なかった高速増殖原型炉もんじゅを廃炉にする一方で、政策は堅持し、国産の高速実証炉の開発を目指すという。政府があくまで核燃料サイクルの夢に固執するのは、これを放棄したら使用済み核燃料の行き場がなくなり、原発の運転自体が困難になるという不都合な真実があるからだ。

 30年を経て見通しの立たないチェルノブイリの廃炉作業や福島の惨状は望遠鏡を通さなくても見ることができる。政府のかたくなな姿勢は、常識がはらむ危うさを直視せず、まるで現実から逃避しているかのように見える。(梅ケ谷昭人)


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