食考くまもと2007

湯の里に残る 食の原風景 小国町・岳の湯温泉地区
庭先に地熱利用“地獄釜” うまみ増し省エネも  

 阿蘇郡小国町西里の岳(たけ)の湯温泉地区。集落のあちこちから噴き出す蒸気を地元では“地獄”と呼び、その地熱を煮炊きに利用している。わが家でとれたものをわが家で調理して食べるという、一昔前までは当たり前だった光景が、「地産地消」や「食の安全」などが叫ばれる現在では貴重で懐かしい。日本の食の原風景が広がる山里を訪ねた。(糸田季佳)

集落のあちこちで見かける“地獄釡”。煮炊きなどに利用するという石松嘉弘さん=小国町岳の湯温泉
ゆけむり茶屋のヒットメニュー「地獄駕蒸しセット」
 地区は、湧蓋山の西北、標高七百メートルに位置する。戸数は約三十戸。主な産業は農業で、畜産や米、ダイコン、ホウレンソウ、シイタケ栽培などだ。集落を歩くと、ほとんどの家の庭先で“地獄釡”と呼ばれる地熱を利用した釡を目にする。ほとんど見かけなくなっている竈(かまど)をほうふつさせる。

 ■仕組みは簡単

 集落の高台にある農業石松嘉弘さん(79)方の庭先から周囲を見渡すと、道端や石垣、田んぼの中などから蒸気が噴き出し、湯の里の光景を映し出していた。「古くから地熱を利用していたが、本格的になったのは戦後」と石松さん。

 地熱釡の仕組みは簡単だ。木やコンクリートなどで作った枠の下部に蒸気を通す鉄の配管をつなぐだけ。釡に鍋などを載せて九〇度以上の蒸気で野菜や鶏、卵、米、雑穀などを調理する。「正月はもちや赤飯を作るのが習わし。特に赤飯は、ガスや電気釡とはひと味違う」と石松さんらは胸を張る。まさにわが家の味、古里の味だ。

 原油価格の高騰で灯油、ガソリンなど石油製品が軒並み上昇。この冬の台所を直撃しているが、地熱を活用した調理は省エネの上に味も高めており、一石二鳥。

 集落には、地熱を利用した小さな乾燥小屋も点在する。中をのぞくと、シイタケやダイコンが入っていた。

 秋吉ツルヨさん(77)は「曲がったものは売れないので、切り干し大根などにしている」という。乾燥し過ぎないよう温度を約六〇度に調節。室内がまんべんなく温まるよう床暖房にしていた。

 歩いていると小松菜に似た冬野菜を見つけた。畑で作業していた農業梅木伝さん(72)が「黒菜」と教えてくれた。温泉熱で葉色が濃くなることからそう呼ばれているらしい。

 「昔からここだけで栽培されているようだ。詳しいことは誰も知らない。熊本市などの知人が苗を持って帰るが、地熱でないと育たない。雪をかぶる一、二月ごろが、一番おいしい」。漬物やおひたし、あえ物に合うそうだ。

 集落の食堂などでも地熱を利用したメニューを提供していた。「鶏の蒸し焼き」を名物料理として販売する白地商店の白地アソ子さん(77)は、「三十年ほど前、香港旅行で鶏の蒸し焼きを知った。帰って地熱を利用して作ったらおいしかったので」と話す。

 ■ヒットメニュー

 指定管理者制度でわいた温泉組合が運営する「ゆけむり茶屋」(長谷部一成支配人)でも蒸し物がメーンメニューだ。手羽先や豚肉、シイタケ、キャベツなどを蒸すオリジナルの「地獄駕(かご)蒸しセット」はヒット商品で、「二年ほど前から売り出しているが、若い女性を中心に人気だ。地熱は栄養が抜けず味が乗る」と長谷部支配人(60)。

 小国町の学校給食を担当する県学校栄養職員の坂本麻美さん(29)は「一般に蒸すとうまみは増すが、地熱調理はじっくりと均等に加熱するので、肉はやわらかく仕上がり野菜は甘みが増し、栄養分も逃げにくい」と指摘する。「地区の人たちが昔から生活の中に取り入れているのは、単なる経済的な理由だけではないんです」

小国郷でも岳の湯地区だけで栽培されている「黒菜」。これからおいしい季節を迎える 名物料理「鶏の蒸し焼き」は早朝から2時間掛け蒸し上げる 乾燥小屋で切り干し大根をつくる秋吉ツルヨさん


熊本日日新聞2007年12月19日朝刊

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