新 聞 の 起 こ り 



・ジョセフ・ヒコと海外新聞

 日本に初めて新聞が現れたのは元治元年(1864)で、ヒコ創刊の「新聞誌」のちの「海外新聞」がそれです。ヒコは日本名を浜田彦蔵といい、兵庫県生れの漁師の子。漁船で遭難して米国に渡り、のち帰国して日本人に民主主義と新聞を教えました。幕末期の新聞にはこのほか、萬國新聞紙(1866)、もしほ草・中外新聞・江城日誌(写真・下左)・太政官日誌(写真・下右)(いずれも1868年)などあります。