| 五・一五事件と二・二六事件 満洲に日本の楽土建設をもくろむ軍部と、関東軍の独走を何とか押さえようとする政府の間には絶えず対立が続いていました。一方、軍内部にも皇道派と統制派が主導権争いをしていました。そんな中、不満を持つ若手将校が一気に軍政を樹立しようとして起こしたのが、昭和7年の五・一五事件と昭和11年の二・二六事件でした。当時の新聞は軍か報道規制しており、活字が削られたまま印刷されたものがたくさんあります。
大阪朝日新聞(五・一五事件)
九州日日新聞(記事が削られた二・二六事件の報道) |