新聞に名前が載った夏目漱石

 文豪・夏目漱石は明治29年から33年まで、熊本の旧制第五高等学校で英文学の教授を務めました。この頃はまだ小説は書いていませんが、熊本時代の漱石は、友人・正岡子規の影響で盛んに俳句をつくっておりました。紫溟吟社に力を貸し五高生や熊本の俳句愛好者を指導したりしていました。漱石が選者になった句会や「九州日日新聞」(明治32年)の新年号の年賀広告の中に、夏目金之助〈漱石の本名〉の字が見えます