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識者評論 望まない妊娠の救済
熊本学園大学社会福祉学部専任講師 出川聖尚子
慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)に設置許可が出された。しかし、設置自体は通過点であり、今後にいろいろな社会的問題を残している。
以前、視察で訪れたイタリアの場合、「赤ちゃんポスト」は最初、十五世紀半ばのフィレンツェの道路に面した修道院の壁に開けられた窓と、その下の石製の台という形で設置された。当時、イタリアはルネサンス期でキリスト教の繁栄下にあった。孤児養育院(現在は美術館)と名付けられたその建物は、その象徴でもある大聖堂ドォーモから少し離れた一角に現存していた。
この孤児養育院に赤ちゃんを託す側には、都市における貧困や教会に認められない出産など、繁栄の影に社会から排除された人々が多数存在するという社会環境があった。また、孤児のための環境整備が進められていく背景には、「産む」「育てる」ことを避けることはできないという宗教観と、それゆえに子どもや子育ては社会の中で支えていくものだという意識が大きく影響していたといわれている。
現在の日本では、少子化が進む中、家族や親せきをあげて子どもの誕生を祝福し、一人の子どもに何人もの大人の支えがある環境がある。近隣や地域が中心となって積極的に支える子育ての社会化の体制も整いつつある。
しかし、その一方で、子どもを産み落として死なせてしまう事件や児童虐待なども後を絶たず、子どもを産み育てることをひっそりと、全く私事的なものとして行わなければならない十五世紀のイタリアの状況と似た環境も存在している。
妊娠し、子どもを産むことを社会的に表明した場合には、母子手帳をもらいにいく、妊婦検診を受ける、出産費用の助成や助産施設の利用など、社会的な支援が受けられる。しかし、貧困で産む・産まないのどちらも選択することができない場合や、若年で妊娠したことを誰にも相談できない場合など、産むことを選択するかどうか決定していない立場では社会的支援はほとんどない。
さらに「ゆりかご」を利用する個人の背景には家族や親せき、近隣など身近な人の支援が受けられず、誰からも関心を持たれないまま出産に至ることも考えられる。
「ゆりかご」が設置されただけでは、「ゆりかご」に子どもを託さなければならない環境が改善されるわけではない。託された子どもの「親に養育される権利」「親を知る権利」をどう確保していくか、親が子どもを引き取りたいと名乗り出てきた時にどのような形で家族再統合を支援していくのか、望まない妊娠の救済をどうするのか、性をどのように学んでいくのか、妊娠期の相談等の体制をどう構築していくのかなど、検討しなければならない課題は数多くある。
ただ、約十カ月間、子どもを宿し、お腹に生きているのを感じながら暮らし、「産む」という大業を果たしながら、結果的に子どもとの別れを決断しなければならない個人の最後の支えとして、またそこに生まれ出でた生命の危機を救う支援として、「ゆりかご」の設置は十分意味のあることではないかと考える。
◇でがわ・りさこ 1968年、福岡県出身。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。同大文学部助手、湘南工科大学総合教育センター客員講師を経て現職。専門は児童福祉。
(熊本日日新聞2007年4月6日付朝刊)
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