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答え見えない“幸せな死”  救急医療から見た高齢社会(下)

介護スタッフと一緒にボール遊びを楽しむお年寄りたち
=上益城郡御船町・ 「グリーンヒルみふね」

  「お年寄りが(救急医療機関に)慌ただしく運ばれてきて、慌ただしく亡くなることがある。救急医として延命に力を尽くすのは使命だが、かわいそうという思いが込み上げる時もある」

 済生会熊本病院(熊本市近見)の前原潤一救命センター副部長は静かに語る。突発的で深刻な心臓や脳の疾患は別にして、肺炎などが悪化して搬送される高齢者も少なくない。高度な延命措置で一時的に命はつなぎとめられるが、無機質な集中治療室で最期を迎えざるを得ない場合もある。

 「もっと幸せな状況で自然に亡くなる道があるのではないか」。前原副部長は訴える。

  「人の考え変わる」

 できることなら長生きし、家族にみとられながら「ついのすみか」で安らかに最期を迎えたい。多くの人がそう願うのではないだろうか。しかし、現実はなかなかそうはいかない。その背景にあるものは―。

 療養型病床を備え、終末医療にも取り組んでいる本庄内科病院(同市新外)の本庄弘次院長は高齢者や家族の意識のありようを説明する。「人の考えは変わる。当初は無理な延命措置を求めていなくても、いざ容体が悪化すると救急機関に搬送してほしいと本人や家族からよく言われる」

 同市内のある救急機関の看護師は「搬送されたお年寄りの家族から『ここでなら死んでも仕方ない』と言われることがある」と明かす。

 一度は高齢者施設や病院をついのすみかと決めても、人は死を強く意識すると「安らぎ」より「延命」や「安心」を望むということか。

 安住できない状況

 日本人は死について語りたがらないようにみえる。まして“死に場所”について家族と話し合う機会を持つ人は少数派だろう。しかし「積極的に話し合うことが必要」と考える医療関係者は少なくない。

 ただ、その受け皿ともいえる老人保健施設や介護療養型医療施設などで入所者が安住できない状況もある。救急機関に搬送され、退院しても“帰り場所”がなくなっているケースもあるという。施設の多くは入院が長期化したり戻る保証のない入所者を待たずに、数多い待機者を優先させているのが実態だ。

 医療施設を併設せず、医師の常駐しない特別養護老人ホームも入所者のついのすみかになりにくい現状がある。「グリーンヒルみふね」(上益城郡御船町)の森川冨士夫施設長は「もし終末医療ができるなら、最期をみとってあげられるのだが」とぽつりと話す。

  「答え見つからず」

 そのような状況に対して、本庄院長は「今の医療は命を救う考えが中心だが、これからは安心して亡くなってもらう視点も重視すべきだ」と指摘する。その上で、「お年寄りにとっての利益は何かを踏まえ、死をみとってあげられる体制ができれば、救急機関が高齢患者であふれるという状態も防げるのではないか。完ぺきな仕組みづくりは無理だが、施設と病院がうまく連携する必要がある」と提言する。

 末期がん患者に緩和ケアを施すホスピス。死という人生の“ゴール”に向けて、患者の死を受け入れる作業を介護スタッフが精神的にも支援する。「生」を前提にした高齢者施設などと性格は異なるが、患者や家族の心のケアにも配慮する姿勢には、本庄院長の言葉に通じるものがあるかもしれない。

 県医師会の金澤知徳理事は「どんなに年を取っても生き続けたいと願うのが人情。いろんな価値観があり、“死に場所”の考えも人それぞれ。答えはなかなか見つからない。しかし、社会全体で考えていかなければならない大きな課題だ」と話す。

 
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