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集団感染 入院次々「原因は何」 「フィブリノゲン」投与に衝撃
裁かれる薬害肝炎・九州訴訟判決を前に(1)
 薬害肝炎九州訴訟は三十日、福岡地裁で判決が言い渡される。サリドマイド、スモン、エイズと繰り返された薬害。患者たちは何を訴えようとしたのか。その訴えは、社会にどう響いたのか。関係者の思いを通して検証する。
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入廷行動をする原告の出田さん(最前列、右から2人目)と山口さん(同、右端)。この日、薬害肝炎九州訴訟は結審した=06年2月、福岡地裁
フィブリノゲン製剤
 血しょう中に含まれ、血液が凝固するときの固まりの素となるタンパク質「フィブリノゲン」を分離精製した血液製剤。多くの人の血液をプールして作るため、ウイルス混入の危険性が高いとされる。日本では64年の製造承認以降、88年まで出産や手術時の止血剤として広く使われてきたが、98年に適応症が先天性疾患に限定された。
 「えっ、あなたもそうなの」
 目の前の女性が口にしたのは「急性肝炎」、自分と同じ病名だった。入院して二カ月もたっていないのに、これで三人目。薬害C型肝炎の九州訴訟原告で、実名を公表している熊本市の出田妙子さん(48)は二十年近くたった今も、あのときの衝撃が忘れられない。

 出田さんは一九八七(昭和六十二)年七月、県内の病院で双子の男児を出産した。退院後、顔に黄疸(おうだん)が現れ、異常なだるさが全身を襲った。別の病院で急性肝炎と診断され、五カ月間の入院生活を強いられた。

 医師からは、出産時に受けた輸血が原因と説明を受けた。「運が悪かった」とあきらめるしかなかった。ところが、三人の女性が急性肝炎で立て続けに入院してきた。しかも、同時期、自分と同じ病院で、出産や婦人科の手術を受けた人たちだった。

 「本当に輸血後感染なのかな」。四人は顔を見合わせた。この中には、九州訴訟で初めて実名を公表した福岡市の山口美智子さん(50)=熊本市出身=もいた。「輸血で肝炎になるのはまれと聞いていたので、こんなに集まるのはおかしいと思った」。山口さんは振り返る。

 それから十六年後。九州訴訟が提起され、山口さんが裁判に立ち上がったことを、出田さんはニュースで知った。まさか血液製剤「フィブリノゲン」が投与されていたとは―。「敵が見えたとき、真実が知りたいと思った。自分や家族が受けた苦しみを晴らしたかった」

 幸いにも、提訴に必要な投薬記録が出産した病院に残っていた。それには十人の氏名が記されていた。同じ病院で、ともに闘病生活を送った四人を含む五人が今、この裁判に原告として名を連ねる。

 熊本で判明した集団感染は〇四年三月、出田さんが提訴した際、大きく報じられた。しかし、八七年四月には、青森県内の産婦人科医院で八人の集団感染が報告されている。出田さんが出産する三カ月前のことだ。

 「青森の集団感染が公になった時点で、国や製薬会社が製造や販売を中止していれば、人生を狂わされることもなかったはず」。今も続く慢性化した肝炎との戦い。いつ肝硬変や肝がんに進行するかも分からない不安を抱え、出田さんは悔しさをかみしめる。

 フィブリノゲン製剤は肝炎感染の危険性が高いとして、米国は七七年に同製剤の承認を取り消している。薬害肝炎訴訟で初の判断となった六月の大阪地裁判決は、国の過失を、青森の集団感染が発覚した「八七年四月以降」と認定した。

 訴訟を通じて、出田さんは安全が軽視されてきた血液行政の実態をかいま見たという。「薬害肝炎だって、対策を講じるチャンスはいくつもあったのに」

 国の対応の遅れは多くの悲劇を生んだ。八〇年以降だけでも、同製剤を投与された人は約二十九万人。うち一万人以上がC型肝炎に感染したと言われる。(本田清悟)

 (熊本日日新聞2006年8月25日付朝刊)
 

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