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| 「命の尊厳」 医療にどこまで求めるか |
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| 増える高齢者の医療費。どう支えるか…=熊本市の済生会熊本病院(小野宏明) |
熊本赤十字病院(熊本市長嶺南)救急部、井清司部長のパソコンにある「症例」。
老人保健施設に入所する女性(94)。脳出血の後遺症で言葉が不自由。ほぼ寝たきりだ。風邪から重い肺炎になり、深夜に呼吸停止。施設が救命救急センターに搬送要請した。
「家族は可能な限りの治療を望んでいる」と施設。人工呼吸器を付け、薬で心拍も再開。しかし、意識は戻らない。後から到着した家族は「ここまでしなくても…」。
一部ぼかしてはあるが、「事実に近いケース」と井部長。研究会などで紹介する。
「長期療養を経て終末期という時、救急医療はどこまで対応するか。医療資源、医療費には限りがある。救急施設で亡くなることが幸せなのか、本人の尊厳を保てているのだろうか」
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熊本第一病院(同市田迎町)では、お年寄りの容体急変時にどこまで対応するか、家族を交えて話し合い、意思確認書を用意する。強心剤の使用は、人工呼吸は、治療目的の転院は、など十一項目。急変時に分かるよう、カルテにとじてある。変更がないか定期的な確認も。「医学的な情報をきちんと示し、判断してもらうことは大事」と石本裕子看護部長。「その人に合った対応ができていると思う」
特別養護老人ホームの天寿園(同市奥古閑町)は、みとり介護の同意書がある。クリニックが併設され「医療との連携が安心感につながっているようだ」と看護師の村上まゆみ施設サービス部長。亡くなる人の八割を施設でみとる。見送りには入所者も並ぶ。「認知症の人も、自分の時が分かるようで安心してもらえる」。家族のケアにも力を入れる。
ともに「命の尊厳」を守ろうという取り組みだ。医療と看護、介護の連携、情報提示と話し合いによる患者、家族との信頼関係がそれを支える。医療資源の節約にもつながる。
しかし、こうした動きは少ない。「死」の受け止め方の違い、自宅で、施設で亡くなるより、「最期まで手を尽くして」という病院への期待、施設に「みとり」を行うスタッフがいない、などさまざまな背景がある。
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厚労省によると、二〇〇六年の国民医療費は約三十三兆円。うち七十五歳以上の老人医療費は約十一兆円。団塊の世代が六十五歳以上となる一五年にはそれぞれ四十四兆円、十六兆円と膨らむ。その十年後、団塊世代が後期高齢者となる時には国民医療費は五十六兆円、このうち、約半分の二十五兆円を老人医療費が占める。現役世代に負担が重くのしかかる。
高齢者を支えるには。医療費の問題は、医療に何をどこまで求めるか、負担増はどこまで可能か、生とは、死とは、をも問い掛けている。
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医療費を押さえ込もうと〇六年、医療制度が大きく変わった。今年四月から始まった後期高齢者医療制度もその一つ。だが「受診の抑制につながる」「高齢者の切り捨て」と批判も強い。年金からの保険料天引き、負担増、手続きミスなども集中砲火を浴びる。高齢者医療の今を取材した。(松岡 茂)
(熊本日日新聞2008年8月29日付朝刊) |
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