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76歳「安心医療」心掛け 熊本市の眼科病院名誉婦長 本郷悦子さん
名誉婦長として後輩の指導にあたる出田眼科病院の本郷悦子さん=熊本市呉服町
 熊本市内の専門病院で、七十歳を超えながらも現役の看護師として働いている女性がいる。出田眼科病院(同市呉服町)の名誉婦長・本郷悦子さんは、来月八日の誕生日を迎えると七十七歳。看護師歴五十年を超える超ベテランで、「患者さんが待っているという責任感が気力を充実させる」と、笑顔で相談業務に従事している。本郷さんの姿を通して、高齢になっても働き続けることの意義が伝わってくる。

 県医療政策総室によると、昨年十二月末現在で県に業務従事者届を提出している看護師は一万六千四百七十三人。公的病院だと定年はおおむね六十歳だが、個人病院の場合、病院側の考えで一定の年齢を超えても働き続ける場合がある。届によると七十歳以上の看護師は五十人いる。

 本郷さんは宇土市出身。六人きょうだいで、本郷さんを除き全員が男性。戦時中、兄や弟が「お国のため」と職業軍人を目指す中、「自分もお国のために従軍看護婦になりたい」と、父母の反対を押し切って看護師を目指した。

 最初の勤務は当時、熊本市二本木にあった旧熊本鉄道病院。五十五歳の定年まで勤め、十三の診療科をすべて担当した。「自分が担当しただけで、さまざまな病気で亡くなっていく約百五十人もの患者さんを見送った。命の尊さというものを感じ続けた日々でした」

 鉄道病院での経験をかわれ、一九八五(昭和六十)年から出田眼科病院の婦長に就任。総合病院から専門病院に職場が変わったことで、看護のやり方にも神経を使った。「これだけしかできないのかと、思われたくない」という自負もあり、仕事のことで悩み続ける日が続いたという。

 「朝起きると、眠っている間に流した涙が耳にたまっている時もあった。『きょうはやめさせてもらおう』と、何度も思ったが、大勢の患者さんの姿を目の当たりにすると、患者さんを裏切るようなことはできないと頑張れた」

 七十歳の時、年齢を理由に「引かせてもらう」ことを考えたが、病院から引き留められ、名誉婦長として週に三回、主に退院患者や外来での相談業務を続けている。

 「何か心配事があるんじゃないですか」「先生に聞きたいことがあれば、私から聞いてあげましょうか」

 患者の顔や態度を見て、自分から声をかける。時には医師の説明の後、本郷さんが再度、模型を使ってよりかみくだいて説明する時もある。

 「今の若い人たちは、ともすれば資格取得や技術に重点を置き過ぎる。患者さんが安心して医療を受けてもらえるためにも、看護師は患者さんの気持ちを理解できるよう常に心掛けることが重要」

 やがて七十七歳になるとは思えないきびきびした立ち居振る舞いで、笑顔を浮かべながら患者に話し掛ける本郷さん。その患者本位の姿勢は「病院内にも浸透している」(病院職員)という。(田端美華)

(熊本日日新聞2007年10月22日付朝刊)
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