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| 院内学級 入院の子どもに授業 復学も“スムーズ”に |
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入院している子どもたちのための病院内教室「院内学級」。テレビドラマ「電池が切れるまで」(KAB)の舞台にもなっているが、一般にはあまり知られていない。県内では45年前に始まり、現在、6病院で年間のべ約150人の児童生徒が利用。医師や父母らの働きかけで始まった地道な取り組みだが、「スムーズな復学」を望む子や親にとって、その存在意義は大きい。
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| 院内学級の授業を受ける子どもたち=熊本市本荘の熊本大付属病院 |
「先生、計算ドリルできたよ」。1年生のまいちゃんが男性教師に声をかける。「わあー、全部マルたい。じゃあ、『満点シール』を選んで」。まいちゃんはうれしそうにうなずき、イチゴのシールをはった。
熊本大付属病院(熊本市本荘)の院内学級は、病棟の一角に小学生と中学生の2教室が設けてある。壁にははり絵が飾られ、一般の教室と変わりない雰囲気だ。授業は午前だけ。子どもたちは病室から私服に着替えて通う。取材した日は小学4年生までの児童6人が出席。教師3人が2人ずつをマンツーマンに近い形で教えていた。子どもたちは「病室よりここが楽しい」と笑顔を見せた。
発達小児科・小児科病棟の田中美由紀・看護師長は「教育的な指導は看護師だけでは手が届かない。生活のリズムも出るし、精神的なケアの面からも有意義だと思う」。午後は、教師が病室に出向くベッドサイド学習も行う。
院内学級を設置しているのは、熊本市内が同病院のほか、国立病院機構熊本医療センター、市民病院、熊本中央病院、熊本赤十字病院。水俣市立総合医療センターには、水俣第一小と水俣第一中の分校がある。熊本市内は慶徳小(山崎町)と藤園中(千葉城町)の各6人の専任教諭が、利用状況に応じて病院に出向く。
利用は無料だが両校への転校手続きが必要。学級の出席はそのまま学校の出席日数になる。複式授業で、中学は教科ごとに教師が各病院をローテーションで回る。教科書は復学をスムーズにするため、入院前に通っていた「原籍校」のものを使用。週に1回の「自立活動」では、ゲームや語り合いなどで入院による心理的なケアをはかる。
入退院で児童生徒の入れ代わりがあり、利用期間も2週間〜1年以上と幅がある。熊本市内の5病院の合計で常時20人前後が利用しているという。「治療が第一。教育的な部分で、入院や病気による精神的な不安を取り除くのが目的」と慶徳小の坂本昭生校長。病院側との日常的な連携を重視。学期ごとにも各病院と学校関係者らが集まって情報を交換する。
院内学級は全国で展開。戦前も結核病棟で教職経験のある患者が勉強をみる例はあったが、制度として動き出したのは昭和30〜40年代。県内は1958(昭和33)年、国立療養所再春荘(菊池郡西合志町)に西合志中と西合志南小の分校として開校したのが初めて。分校はその後、県立黒石原養護学校に発展。70年に慶徳小に訪問学級の体制が整い、設置病院が広がった。
学級設置運動に携わった熊本循環器科病院の富田泰弘医師は「学習の遅れを気にして、完治してないのに退院する子もいた。院内で勉強する場を確保する必要性を感じた」。医師と父母らが、治療と教育の両立を求めて陳情を重ねたという。
入退院ごとに繰り返す転校手続きの煩雑さや学級設備の立ち遅れなど課題はあるが、設置数や効率的な教師の派遣体制など「熊本方式」として評価は高い。保護者会「入院児童生徒を守る会」(森山厚会長)もある。熊本学園大元教授(児童福祉学)の丹野喜久子さんは「少子化や医療の進歩で利用が減ってきても、子どもの教育の場は保証されるべき。学級創設に尽力した人たちの思いを大切にしてほしい」と力を込める。
(熊本日日新聞2004年6月17日付朝刊くらし面) |
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