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がんの痛み和らげ「ありがとう」 医療の原点実感
在宅緩和ケア専門の診療所院長 井田栄一さん(51)=熊本市
 「がんなど重い病気を抱え、『できるだけ長く住み慣れた自宅で暮らしたい』と思う患者さんと、その家族の生活をささやかながら支えられたら」。二〇〇五年十月、熊本市神水に在宅ホスピス緩和ケア専門の無床診療所「熊本ホームケアクリニック」を開設した医師、井田栄一さん=同市保田窪=は語る。

発症初期で皮膚表面
患者の自宅を訪問し、和やかな雰囲気の中で診察する医師の井田栄一さん(左)
   がんなど治りがたい病気で体と心に痛みを感じている人たちに向き合う緩和ケア医療。井田さんは携わって十七年、県内の草分けだ。「病気を治すだけが医療ではない。患者さんや家族の苦痛を和らげるのも医師の大切な役割」との確信を持っている。

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 一九八九年、産婦人科医になって七年目。井田さんは熊本大から同市内の病院に派遣された。入院の多くは大学病院で末期がんと診断された患者。食事が取れなくなると、高カロリー輸液を点滴。当時の日本では標準的な治療法だったが、患者は体がむくんだり、痰(たん)が増えたりした。「自分の治療で症状は和らぐどころか、どんどん悪くなり苦しませることも多かった」

 そんな日々を送る中、たまたま知ったのが、死に直面した患者や家族に対する真の援助法を研究する「日本死の臨床研究会」。「死への準備教育」を提唱していた哲学者のアルフォンス・デーケン氏(上智大名誉教授)とそこで出会う。翌年二月、デーケン氏が率いるアメリカ東海岸のホスピス視察に参加。患者の穏やかな表情に「がんの患者さんを診るためには積極的治療ばかりではなく、ホスピスのような場が必要と痛感した」という。

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 その年の五月、既にホスピスを実践していた福岡県志免町の栄光病院の門をたたき、内科とホスピスを二年半、受け持った。在宅医療が中心のアメリカの事情を知りたいと、病院を辞め三カ月間、ホノルル市の病院で緩和ケア病棟と在宅医療を研修。県内で初めてホスピスを開設することになった熊本市の「イエズスの聖心病院」に九三年三月、担当医師として招かれた。

 それぞれの病院で、終末期の患者と接するうち「多くの患者さんにとって最もつらいのは痛みだと学んだ」という。患者だけでなく、家族にも目を向ける必要性も知った。痛みを緩和するモルヒネなどの使い方のマニュアル化が進んだ時代でもあり、実践の中でがんの痛みを和らげる方法を身に付けていった。

 痛みが和らいだ患者や家族から「ありがとう」という言葉をもらうと、「緩和ケアこそ医療の原点と感じた」。「病名を知りたい」という患者にがんと告知した時にも、「目の前から霧が晴れました。ありがとうございました」という言葉が返ってきた。痛みが和らいだ患者たちは「病気が進んでいくにもかかわらず、不思議といい笑顔を見せてくれた」。

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 県内の緩和ケア病棟は現在、八十五床(五施設)。病床の増加とともに緩和ケア病棟で亡くなる人の数も増えた。それでも二〇〇四年、県内で緩和ケアを受けながら亡くなった人は四百九十九人(在宅含む)、がん死亡者数の約一割。病床には限りがあるため、「より多くの患者さんを診ていくためには今後、在宅での緩和ケアの充実が必要」と井田さんはクリニック開業を決心した。スタッフは井田さんを含め医師二人、看護師三人の計五人。二十四時間態勢で同市東部のがん患者らを対象に在宅緩和ケアに取り組んでいる。

 昨年十一月、県立大で講義した際、治る見込みがなく死が近い場合、八割の人は「自宅で過ごしたい」と考えているが、終末期を自宅で過ごせない理由として八割以上の人が「家族に迷惑や手間を掛けること」を挙げているという調査結果を話した。それに対して、学生たちからは「最期くらい家族に多少の迷惑を掛けてもいいのではないか」「家族なのだから、気にせず協力すると思う」などの感想があったという。井田さんにとって大きな励みになった。

 かかりつけ医が在宅で末期がん患者を診るのは多くの場合、年間に一人か二人で、対応が難しいのは痛み、呼吸困難、心のケアと続くという報告がある。井田さんは、これまでの経験を基に「地域のかかりつけ医の先生たちの相談窓口になり、連携を深めたい」と話す。「基幹病院で緩和ケアの症例検討会が開かれれば足を向けたい」とも考えている。熊本の緩和ケアを充実させるために。(中原克也)

  (熊本日日新聞2007年3月19日付朝刊)

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