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若年性認知症の今 −困難と不安の中で―

 (上)発症そして告知 できないこと増えていく
駐車場に並んだ車の列。芙美子さんはどこに止めたか分からなくなることが増えていった…(植山茂)
 六十五歳未満で発症する認知症は「若年性認知症」と呼ばれ、実態は、まだよく分かっていない。四十代、五十代の働き盛りで病に襲われた場合、家族は生計や家事の担い手を失うことになる。激変する生活、将来への悲観…。病の進行とともに能力の低下が顕著になり、患者本人だけでなく家族も、元気だったころとのギャップに苦しむことになる。県内在住の一組の夫婦の姿を追いながら、若年性認知症をめぐる現状を追った。(田端美華)

◇      ◇

 「私、お父さんの名前が書けない」

 泣き出す芙美子さん=仮名=の姿に夫の孝男さん=同=は、ただごとではないと感じ、病院へ連れていく決心をした。二〇〇五(平成十七)年夏。異変は既に〇三年ごろから始まっていた。


 県内在住の孝男さんと芙美子さん夫婦は、ともに五十代。芙美子さんは〇五年、若年性アルツハイマー病の診断を受けた。会社員の孝男さんをはじめ、すでに独立している二人の子ども、親せき、友人らに支えられながら、自宅療養を続けている。

 「なんかおかしい…」。芙美子さんが、自分の中で起きている変化に気づいたのは五十代になって間もない時期。

 布団カバーにうまく布団を入れることができない。車を運転して買い物に行き、駐車した場所が思い出せない。ひんぱんに起きる眼鏡、財布の置き忘れ。好きで打ち込んでいた服飾関係の仕事も徐々にできなくなり、辞めざるをえなくなった。

 漢字が思い出せない、電卓の数字が読めないなど、芙美子さんの訴えは増えていった。「できないことが毎日増えていく」。家事も仕事もテキパキとこなし、人一倍明るかったその表情から、笑顔が消える日が増えた。

 最初は、どこの病院に行っていいか分からず、更年期障害を疑って婦人科も受診した。幾つかの病院を夫婦で回り、ようやく診断がついたのは、自宅から少し離れた総合病院だった。

 病院を訪れる際、孝男さんは芙美子さんの訴えを十五項目にわたり書き出し、窓口に提出した。神経内科に回され、芙美子さんは長谷川式検査と呼ばれるスクリーニング検査を受けた。簡単な言葉を覚え、後でその言葉をもう一度言うなどの検査だ。

 「アルツハイマーの恐れがあります」。初診を終えた医師は孝男さんだけを呼び、こう説明した。「本人には言わんでください」。芙美子さんの混乱を恐れた孝男さんは医師に頼んだが、芙美子さんは自分が呼ばれなかったことを不審に思った。「何かあったんだ」

 それから一カ月間、芙美子さんは精神安定剤を飲んだが症状は改善せず、ある日、医師は国内で唯一認められているアルツハイマー病の治療薬の服用を勧めた。「ただし、患者さんとの信頼関係もあるので、薬を飲む場合は本人に事実をきちんと言わなくてはなりません」

 告知は夫婦の共通の趣味でもあった山登りの帰り、車の中だった。助手席に座っていた芙美子さんが突然、泣き出した。「(私の病気は)なんね、なんね。びっくりせんけん、言って」。繰り返し問いただす妻に、孝男さんは迷った揚げ句、アルツハイマー病の疑いがあることを告げた。

 実は告知を受ける前から、芙美子さんはその病気を恐れていた。日記には、こう記されている。

 「やっぱりアルツハイマーだって。でも私は負けない。みんなに心配かけるけどしっかりがんばろう」。不安と苦しみを抱えながら、芙美子さんと孝男さんの二人三脚の闘病生活が始まった。


 若年性認知症をめぐっては今年二月、広島市で初の全国サミット(認知症の人と家族の会主催)が開かれた。サミットでは、病気の悩みだけでなく経済的問題、適切なケアを受けられる場がないなど、本人と家族の苦しみが赤裸々に語られた。

 サミットを企画した同会広島県支部の村上敬子代表は言う。「毎日の暮らしをどうするかなど、本人や家族が抱える問題は深刻。当事者たちが集える“止まり木”が広がるためにも、一人でも多くの人に、若年性認知症を正しく理解してほしい」

◆若年性認知症

 原因となる主な病気は、アルツハイマー病をはじめ、脳血管性障害、脳の前方部分が委縮するピック病などがある。特にアルツハイマー病は、認知症の原因として頻度が高く、脳に神経細胞を傷つける物質がたまり、神経細胞が減って正常に働かなくなる病気。旧厚生省の研究班が1996年度、若年性認知症患者にかかわっているとみられる保健医療福祉機関を対象に実施したアンケートでは、全国の患者数を2万7000人〜3万5000人と推計。しかし、専門医による確定診断が行われておらず実態は不明。

  (熊本日日新聞2007年12月17日付朝刊)
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