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考川辺川ダム

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再生へ-荒瀬ダム撤去 第1部 廃ダム始動
2012年9月3日~9月14日
(1)コンクリート 4割は残存
(2)アユ遡上に配慮 工期6年
(3)「右岸先行」 自然な流れ
(4)撤去法見直し7億円圧縮
(5)土砂せき止め 川底低下
(6)濁り監視 慎重に水位低下
(7)環境への影響 毎月調査
(8)破片、粉じん対策にも配慮
(9)「宝の砂」 八代海で有効利用
(10)「壊す」事業 全国のモデルに

水はいつ・・・蛇行する川辺川利水
2012年3月16日~3月18日
(上)農水省新案「断念」 賛成農家に広がる不安 ダム同様廃止なのか
(中)国営事業への不信 減反、訴訟…拒否反応根強く
(下)「畑へ来るのか」 「暫定水源」案、農家は疑問符

川辺川ダム2011  - 国策「中止後」へ一歩
2011年12月26日
 国が川辺川ダム(予定地・相良村)の建設中止を表明して2年余り。水没予定地を抱える五木村が国や県と生活再建策に合意し、村を長く翻弄[ほんろう]してきた国策は中止後へと一歩を踏み出した。ただ、ダムによらない球磨川流域の治水(洪水対策)や農業利水の方法をめぐる協議は目立った前進はなかった。球磨川下流の県営荒瀬ダム(八代市)に対しては、国土交通省が全国初のダム撤去を許可。2012年秋にも工事が始まる見通しになった。

五木村 再建策合意も展望見えず
荒瀬ダム撤去 財源不足、国支援ようやく確保
代替治水策 本年度中に集約、実現へ課題も
利水協議 新計画農家根強く反対
川辺川ダム 関連年表

五木村 再生の課題
2011年10月7日~10月9日
(上)人口減少 見えぬ将来、不安尽きず
(中)基幹産業 ダム予算激減、観光に活路
(下)非水没地 「地域守る」動きだした住民

山里に吹く風 五木村は今
2011年2月18日~3月2日
(1)ダムに頼らない未来を 村観光協会の「語り部」 淀川つるよさん(54)
(2)故郷で農業「村を元気に」 村物産館出荷協議会役員 冨永キミ子さん(64)
(3)「底力を見せてやろう」 五木屋本舗社長 橋本悦治さん(51)
(4)新鮮な感動「伝えたい」 村観光協会事務局長 島巻恵里さん(39)
(5)商業経験で三セク再建へ 道の駅「子守唄の里五木」駅長 江藤央康さん(56)
(6)一家で移住「村に恩返しを」 永尾忠次さん(51)、まさ子さん(43)夫妻
(7)お年寄りの元気で村づくり 村シルバー人材センター事務局長 馬場上浩さん(44)
(8)「山で生きていくしかない」 村林業研究クラブ前会長 木下丈二さん(52)
(9)県から派遣、再建に奔走 村ふるさと振興課長 田中良幸さん(49)
(10)村の振興楽しみながら 五木村研究会世話人 青木勝士さん(42)
(11)子守唄、人生の羅針盤に シンガー・ソングライター 関島秀樹さん(56)
(12)ダムで割れた村演劇に 脚本家 羽原大介さん(46)

川辺川ダムこの1年 2010 - 「中止」の先 見通せず
2010年12月26日
 昨年9月に国が建設中止を表明した川辺川ダム計画。今年は水没予定地を抱える五木村の生活再建に向けた国、県、村の協議が始まり、ダムに替わる球磨川流域の洪水対策の検討も続いた。いずれも公共事業見直しの先進事例として注目されるが、協議は難航。具体策の取りまとめは来年に持ち越された。一方、下流の県営荒瀬ダムは発電を停止、全国初の「廃ダム」へ動き始めた。

国の補償法案提出見送り 五木村民に危機感
非ダム治水 着手時期示せぬ国 首長ら一斉に反発
利水事業 進展なし
荒瀬ダム55年の歴史に幕 撤去財源めど立たず
川辺川ダム 関連年表

川辺川ダムこの一年 2009
2009年12月31日
川辺川ダム問題のこの一年を振り返ります。・・・[詳細]

連載「川辺川ダムは問う」総括 明日への提言
2009年6月29日
熊本県と球磨川・川辺川流域、そして何より五木村を43年にわたって翻弄[ほんろう]し続けてきた川辺川ダム問題…[詳細]

連載「川辺川ダムは問う」 新聞協会賞受賞
2009年9月3日
新聞協会賞を受賞 「歴史的転換点多角的に検証」
問い続けた川辺川ダム
地域に根差して…本紙の視点

未来への視点 連続インタビュー
2009年6月12日~6月23日
(1)蒲島郁夫氏 熊本県知事
(2)青山俊行氏 国交省治水課長
(3)和田拓也氏 五木村長
(4)田中信孝氏 人吉市長
(5)柳詰恒雄氏 ダム建設促進協議会長
(6)※(つる)詳子さん ダム反対住民運動メンバー
(7)近藤徹氏 元河川整備基本方針検討小委委員長
(8)元長野県知事、参院議員 田中康夫氏
(9)前川 收氏 自民党県連幹事長
(10)川辺川利水訴訟弁護団長 板井優氏
(11)潮谷義子氏 前熊本県知事

民意のうねり 知事決断への道程
2009年6月3日~6月10日
(1)住民討論集会(上) 「推進」堅持から「中立」へ
(2)住民討論集会(下) 大義揺らぎ「反対」の流れに
(3)新利水計画「事前協議」 議論実らず事業休止
(4)ダム事業審議委 反対運動に火付け
(5)住民投票 高まる機運議会は否決
(6)有識者会議 基本高水論議から解き放つ
(7)世論の把握 人吉市長の表明決め手に
(8)熊本方式 合意形成へ実験続く

川辺川ダムは問う
佐賀・牟田辺遊水地 2009年3月10日
本体着工目前の群馬・八ッ場ダム 2009年6月11日

川辺川ダムは問う 第6部 知事たちの反旗
2009年5月18日~5月24日
(1)住民討論集会(上) 「推進」堅持から「中立」へ
(2)水没予定地 「苦渋」の移転から10年余
(3)淀川流域委 従来超えた議論に国警戒
(4)京都の独自検証 他府県判断の決め手に
(5)ローカルの価値観 ダム要望の市町村と対立
(6)インタビュー(上)嘉田由紀子滋賀県知事
(7)インタビュー(下)山田啓二京都府知事

川辺川ダムは問う 第5部 相反する決断 県営荒瀬ダム存続
2009年5月4日~5月10日
(1)泥土の川底 無残 見る影もない瀬やふち
(2)覆った撤去 攻勢かけた旧通産OB、県企業局
(3)上下取引 2つのダムでシーソーゲーム
(4)国交省の戸惑い 撤去の諸施策、持ち合わせず
(5)地域振興 「甘い言葉」も「夢」もかなわず
(6)つながる流れ 環境影響の総合的調査を

川辺川ダムは問う 第4部 蛇行の果て 休止した農業利水
2009年3月16日~3月23日
(1)「出発の地」 長過ぎた年月 熱意冷め
(2)「農民一揆」 国の押し付けに反旗
(3)事前協議 水源論議 合意に至らず
(4)再開した説明会 低迷する農家の出席率
(5)異なる営農環境 水代、村内で大きな差
(6)遅れた畑地整備 待ち続けたばかりに…
(7)農事組合法人 営農の原点に立ち返り

川辺川ダムは問う 第3部 舟出の彼方 ダムによらない治水
2009年2月3日~2月8日
(1)水害常襲地区 “洪水との共生”に苦悩
(2)不信の原点 恐怖の大洪水「原因は放流」
(3)基本高水流量 国が建設迫る拠り所に
(4)総合治水 住民が具体策練り上げる
(5)「検討の場」 思惑交錯遠い一致点
(6)検証チーム 国交省への逆風強まる

川辺川ダムは問う 第2部 両岸の攻防 影落とす政治
2009年1月1日~1月7日
(1)知事の決断、自民と摩擦 「ダムも選択肢」…“与党”いら立ち
(2)ほころび 流域首長間に温度差
(3)最大受益地 市長「撤回」に議会反対
(4)国交省 「不要論」に根強い反発
(5)政権選択 地元5区では与野党激突

川辺川ダムこの一年 2008
2008年12月30日
国の川辺川ダム計画は今年、蒲島郁夫知事が、歴代知事で初めて「反対」を表明。計画発表から42年を経て、大きな転機を迎えた…[詳細]

川辺川ダムは問う 第1部 山里の苦悩 五木村から
2008年12月22日~12月29日
(1)集落消え、1軒だけ
(2)頭地代替地 薄れた「きずな」再生願う
(3)造りかけの大橋 地区分断…気持ちまで遠く
(4)代替農地の造成遅れ 「待っている間に年をとる」
(5)離村者 姿変えた古里に寂しさ
(6)ルネッサンソン 新天地に故郷重ねたが…
(7)非水没地 大量の離村、過疎化に拍車
(8)太鼓踊り “女人禁制”破り伝統守る

川辺川ダム 知事反対の波紋
2008年9月12日~9月14日
(上)割れる民意 笑顔、淡々、反発…
(中)県内政局 戸惑う自民、野党に勢い
(下)荒瀬ダム 迫る「もう一つの決断」

川辺川ダム 人吉市長「白紙撤回」の波紋
2008年9月3日~9月4日
(上)評価と批判交錯
(下)“一枚岩”ほころび

川辺川ダム 知事たちの軌跡
2008年8月21日~9月8日
(1)桜井三郎氏(在任1947~1959)(上)
(2)桜井三郎氏(在任1947~1959)(下)
(3)寺本広作氏(在任1959~1971)(上)
(4)寺本広作氏(在任1959~1971)(中)
(5)寺本広作氏(在任1959~1971)(下)
(6)沢田一精氏(在任1971~1983)(上)
(7)沢田一精氏(在任1971~1983)(中)
(8)沢田一精氏(在任1971~1983)(下)
(9)細川護熙氏(在任1983~1991)(上)
(10)細川護熙氏(在任1983~1991)(下)
(11)福島譲二氏(在任1991~2000)(中)
(12)福島譲二氏(在任1991~2000)(下)
(13)潮谷義子氏(在任2000~2008)(上)
(14)潮谷義子氏(在任2000~2008)(中)
(15)潮谷義子氏(在任2000~2008)(下)

川辺川ダム 決断の助走
2008年5月24日~5月26日
(上)公聴会 住民の声 賛否に温度差
(中)割れる一枚岩 賛否に揺れる流域首長
(下)2つの仕掛け 必然性高まる9月表明

清流を歩く 川辺川の一年
2007年4月11日~2008年3月29日
(1)桜 村人の喜び悲しみとともに
(2)新緑 流域の茶畑も新芽出そろう
(3)ホタル 子どもたちに残したい風景
(4)遊び “川ガキ”の歓声響く
(5)精霊さん 脈々と引き継がれる儀礼
(6)水質日本一 濁り増して川の姿一変
(7)アユ 人の手介し生まれ、育つ
(8)紅葉 肌で感じる自然の変異
(9)朝霧 変わらぬ風景変わる暮らし
(10)新春行事 人つながり地域共生へ
(11)厳寒 すべて手作業 伝統の和紙すき
(12)ダム計画から42年 変わりゆく古里の風景

川辺川ダムこの一年 2007
2007年12月30日
川辺川ダム計画は今年、ダムの建設目的から利水、発電事業を除外することがほぼ確定、国土交通省は三十九年ぶりに治水ダムとして計画の再検討を始めた。その治水事業の前提となる球磨川水系の河川整備基本方針が新たに策定されたが、事実上同ダムを前提とした内容に反発も根強いままだ…[詳細]

川辺川利水 39年目の休止
2007年11月22日~11月23日
(上)最終局面 合意形成溝埋まらず 「国としてできることない」
(下)交錯する農家の思い 「先が見えぬ」「別の対策を」

漂流 川辺川ダム
2007年11月6日~11月8日
(上)冷めた熱意 政治地図変化、旗振り役消える
(中)民意反映の道筋示さぬまま
(下)休止寸前の利水 先の見えぬ議論に「ダム」の影

ダムの村の行方 五木村長再選挙
2007年10月17日~10月19日
(上)頭地大橋 工事止まった「シンボル」 もう限界…山里悲鳴
(中)3セク経営難 再生の拠点に程遠く
(下)限界集落 ダムと過疎の二重苦

緊急連載 急流よどむ
2007年3月4日~3月6日
(上)川辺川ダム推進の旗頭 地元建設業界が下支え
(中)「影」が支えた福永政権 選挙資金仕切り影響力
(下)「政治とカネ」ダムに影 流域首長相次ぐ逮捕

連続インタビュー どうする川辺川ダム
2007年1月18日~2月1日
(1)矢上雅義相良村長
(2)福永浩介人吉市長
(3)緒方俊一郎 清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会会長
(4)神崎弘光 「球磨川流域の生活と安全を考える会21」会長
(5)国土交通省九州地方整備局 森北佳昭河川部長
(6)川辺川総合土地改良事業組合 園田耕輔組合長
(7)川辺川利水訴訟原告団 茂吉隆典団長
(8)川辺川地区開発青年同志会 伊東明継会長
(9)松岡利勝農相
(10)西村久徳五木村長
(11)潮谷義子知事

川辺川ダムこの一年 2006
2006年12月30日
川辺川ダム問題のこの一年を振り返ります。・・・ [詳細]

激震 川辺川ダム 相良村長の反対表明
2006年11月8日~11月10日
(上)「なぜ」…戸惑う国交省 推進派いらだち隠せず
(中)ほんろうされ続ける五木村 相良側の反応も複雑
(下)利水も暗礁深まる亀裂 「相良抜きでは・・・」

川辺川ダム計画発表から40年
2006年7月21日
川辺川ダム計画発表から40年・・・[詳細]

どうする洪水防止 川辺川ダムを考える
2006年7月1日~7月15日
(2)基本高水<中> 65年豪雨ベースに上乗せ
(3)基本高水<下> 下がらない値実情と差
(4)保水力<上> 森林の効果で意見相違
(5)保水力<下> 調整効果に懐疑的見方も
(6)市房ダム 治水効果に疑問の声も
(7)中流域<上> 土砂除去の要望相次ぐ
(8)中流域<下> ダム前提の宅地かさ上げ
(9)球磨川下流域 「強化堤防」白紙撤回に
(10)治水代替案 議論と検証まだ途上
(11)白川水系 中心部貫く「危険な河川」
(12)清願寺ダム 土砂たまり防災能力低下
(13)吹山ダム 費用比較、河川改修へ転換

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